アニメな半生記 → 現役アニメーター時代編

4・動画チェッカー体験と動画マンの実態について

 動画チェッカーというのは文字通り動画をチェックする人のことだ。動きが自然であるか、デッサンやキャラの崩れはないか、線抜けや指示の記入漏れはないか等をチェックし、問題があれば自ら直すか、ラフ修整や指示を記入しリテーク(やり直し)を出すか、どちらかを選択し、少なくとも見るに耐えうる動画にしていくのが動画チェッカーの仕事である。

かつて、指名されて『1000年女王(劇場版)』の動画チェッカーをさせて頂いたことがある。東映動画の1000年女王スタッフルームに詰めての作業ということで、言い渡された時にはさすがに緊張した。

スタッフルームと言うのは監督や作画監督、美術監督や制作担当など、いわゆるメインスタッフが詰めて仕事をする中枢の場所のことである。

 私は与えられた机で、次から次へと運ばれてくる動画のチェックをしていった。ここでは描いた本人にリテークとして戻す事は許されず、全て私が直すのだ。

 動画チェッカー体験の中で、私はへたくそな動画マンがいかに数多くいるのかを知った。我がスタジオカーペンターは、さすがに選抜されたスタッフで作られた会社であるだけに、皆それなりに実力を持っていることが改めて分かった。

では何故、まともな絵も描けないような人が動画マンとして存在するのだろうか。二つの理由が考えられる。

先ず、一つの理由としては、アニメが好きだからというだけで画力もないのにアニメーターを目指してしまう人がたくさんいる事実があるからだ。「ケーキが好きだからケーキ屋さんになりたい」という子供の発想そのものなのだ。もっとも、私も含め、ほとんどのアニメーターが、アニメが好きだからアニメーターになったのであって、そのような思い自体を否定するものでは毛頭ない。むしろ、それはあって当たり前なのだが、それだけでいいのだろうか、と言いたいのだ。どんな創作物であれ、見るのと作るのでは天地雲泥の差がある。華やかさの裏には、それを支える裏方がいて、地道でコツコツした作業を行なっているものなのだ。

 美しい白鳥が優雅に水面を滑るように進んでいけるのは、水面下で足をばたばたさせているからだろう。特にアニメーションの場合、たった一秒分の動画を描き上げるのに丸い地日かかってしまうこともある大変な仕事だ。その大変な仕事をやりこなす為には、画力はもちろん、構図感覚やパース知識、更に役者的感性も必要なのである。本来ならば、とてもお気軽な気持ちでなれる職業ではないのだ。

しかし、現実にはお気軽な気持ちでアニメの専門学校に入学してくる若者があまりにも多いのである。だからこそ講師である我々の勤めは、技術を教えるだけではなく、作ることの辛さと苦しさ、更にはそれに裏付けられた高い次元の喜びを教えることにあると思っている。

 さて、もう一つの理由は、なんだかんだと言っても当の会社側が、技術のない新人を雇ってしまう現実にある。 その実態は、学生をアニメ業界に送り出す講師の立場になって初めて分かった。

 アニメの会社はたくさんあるが、動画マンに対する待遇は一様ではない。固定給で十八万円とか十五万円出してくれる恵まれた会社も一部にはある。また、最低保証金額プラス出来高という会社もある。しかし何と言っても一番多いのは、完全出来高制の会社なのだ。

出来高と言っても幅があり、テレビアニメの動画1枚の単価が二百五十円の所もあれば百円の所もある。だいたい百五十円から百八十円くらいの所が一般的と言えるが、この額は前にも述べたように、二十数年来変わっていないのだ。

二十五年前は、動画二枚でラーメンが一杯食べられたが、今は三、四枚描かないと食べられない。物価の上昇を考えればアニメーターを取りまく環境は悪くなっていると言わざるを得ないだろう。

 誰でも、どうせ入るのなら待遇のいい会社へ入りたいわけなので当然、そのような会社の求人に応募する人が集まる。会社はその中で実力の高い人材を選別して雇用することができるので、待遇のいい会社は、いい人材を抱えることができるのである。その結果として、待遇の悪い会社には実力のない者しか集まらなくなる。会社側も人材不足だから、そのような者でも仕方なく採用することになる。しかし彼等は実力がないために、就職しても先ず枚数を上げることができない。おまけに単価が安いとくれば生活ができなくなり、ほどなく辞めていくことになるのである。

このように、毎年、新人を採っても翌年には同じ人数を補充しなければならない悪しき循環システムが確立してしまっている会社が現実にあるのだ。

マスコミが「劣悪なアニメーションの制作現場」として取り上げるのは、主にこういった会社のことばかりなので偏向報道とも言えるが、程度の差こそあれ、ほとんどの会社が内包している問題でもあり、労働基準法や最低賃金法の蚊帳の外に置かれているアニメ業界の厳しい実態であることに否定のしようがない。

「アニメ業界は、入りやすいけれど続けにくい」という悲しき構図が成り立つのである。

 「アニメーションは日本が世界に誇れる文化の一つである」と言える時代になったにも関わらず、それを支えている制作現場の劣悪さは日本の恥と言っても過言ではないだろう。テレビ局や広告代理店といった巨大なメディア組織にいいように使われているアニメ会社だが、その横のつながりと結束がない限りは抜本的な改革の糸口すら見えてこないだろう。この問題はまた別枠で論じていくことにする。

 忙しいスケジュールの中で、動画チェッカーはへたな動画マンの尻拭いを余儀無くさせられる。その結果、へたな動画マンは「この程度でいいんだ」と思ってしまい、ますますゴミのような動画を乱作することになる。動画チェッカーもひどい動画が多いと直しきれない。デッサン的に崩れていても軌道に乗って動いてしまえば分からない程度の直しにとどめることになる。「これでいいのか?」と自問しつつもどうしようもないのである。

私にとっての動画チェッカー体験は、いろいろな意味で勉強になった貴重な期間だったと言える。

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