アニメな半生記 → 現役アニメーター時代編

11・アッコとサリーの頃

 ビックリマン」の次は『(新)ひみつのアッコちゃん』そして『(新)魔法使いサリー』に携わった。ともに途中から原画マンとして加えて頂いた作品だが、それぞれ作画監督までやらせてもらった思い出深い作品である。
 両作品とも私自身が子供の頃に観ていた作品のリメイクということもあって、思い入れ深い作品でもあった。作品的にはごく平凡なものだったが、絵柄が好みに合っていたこともあり、特に『サリー』の方は私のアニメーター人生の中で最も楽しく仕事ができた作品だった。 下の写真はそのころの私である。

 『ひみつのアッコちゃん』の最終回を描いていた頃のこと、スタッフの忘年会だったと思うのだが、高円寺の中華料理店でちょっとしたパーティーがあった。パーティーには、アッコちゃんの声優でアニメ歌手としても有名な堀江美都子さんも来られ、親しくお話をさせてもらったばかりか握手までして頂いた。途中から原作者の赤塚不二夫先生も駆け付けて来られ、いい思い出となっている。赤塚先生は、到着した時からすでにかなり酔っぱらっており、終始、漫才師の鳳啓助のまねばかりしていた。

 後日談となるが、赤塚氏はその後、ガンになったにも関わらず手術もせず、お酒を飲みながら直してしまった。何があっても落ち込んだりせず、あくまでも自然体で生きる事の大切さを、身を持って教えてくれた好例だろう。

 『魔法使いサリー』をやっていた頃、スタッフの親睦旅行があり、軽井沢にある東映の山荘に一泊二日したことがいい思い出になっている。帰りにいくつもの観光地を巡り、とても楽しめた。

 その旅行に同行したスタッフの中にSさんという、とてもきれいな女性の原画マンがいた。女性のアニメーターというのは一般的に、ジーパンにトレーナーを羽織り、化粧っけのない人が多いのだが、Sさんの場合は、ファッショナブルな服でプロポーションのよい体を包み、バッチリと施したお化粧がいい香りを放っていた。作画打ち合わせなどで一緒にソファに座ったりすると、ミニスカートから惜し気もなく伸びた美しい脚が視界に入り、心が千々に乱れたものである。性格も開けっぴろげで明るく、周りを楽しくさせてくれる人だった。「若い女性は皆の共有物」などと失礼なことが言われていますが、これはある意味で的を射た言葉かもしれない。やはり男ばかりの職場は殺伐とするし、ときめきがなくなり暗くなりがちだ。

 毎年、アニメスタジオに学生を送り出してきたが、男性スタッフばかりの会社では、女子を希望してくるところが必ずいくつかある。明らかに男女雇用機会均等法に抵触しているのだが、気持ちはよく分かる。 敢えて希望してはこなくても、同じ実力なら明らかに女子の方を採る会社もあったりする。若い女性はいてくれるだけで華やかさ、明るさをもたらせてくれるし、空気を和ませてくれるものだ。これは女性の存在意義の一つと言っても良いだろう。中には、わがままで、周りをとげとげさせてしまう女性もいるが、せっかく持っている女性の特質を生かせないことは、不幸なことであるし、勿体ないことだと思う。

 ところでSさんには、私が作画監督をした『サリー』で何本か原画を描いてもらった。彼女の原画は、彼女の人柄そのものに、とても伸び伸びした絵だった。また、難しいアクションにも意欲的にチャレンジしており、よく感心したものだ。

彼女はその後、めきめきと腕をあげ、今では押しも押されぬトップアニメーター、キャラクターデザイナー(キューティーハニーF、サイキックアカデミー煌羅万象、など多数)として磐石な地位を築き上げている。彼女とはその後もY校のポスターや看板の絵を描いてもらうなど、一緒に仕事をした。Sさんはその後、結婚され、会うたびにふくよか度が増していき、シルエット的には当時の面影は全くなくなってしまったが、今でも明るさと元気は当時のまま、とても素敵な年の重ね方をされている。

 さて、サリーの作監をやっていたころのエピソードをもうひとつ。

 フリーの女性原画マンが自宅作業で三十カットほど担当していたのだが、行方不明になるという事件があった。制作進行がいくら電話しても出ないので、アパートに行ってみるともぬけの殻。夜討ち朝駆けで訪ねてみても応答なし。手紙を置いてきても返事はなし。ひたひたと締め切りだけが迫ってくる。どうしようもなくなった制作進行が私のところに来て「もう外に出している余裕はありません。社内にいる手の早い小幡さんに頼むしかないのです」と泣きついて来たのだ。自分で描けば修整作業も省けることもあり仕方なく引き受けたが、それから3日、ほとんど寝食を忘れての作業になってしまった。

 その女性原画マンはどうなったか。他の仕事も抱えていたため、どこかに身を隠していたらしく、その後、東映動画からは切られてしまった。信用を取り戻すのは難しいだろう。仕事というのは必ず締め切りがあるもので、それを守ってこそ、プロなのだ。

ただし、一般にアニメーターの間では締め切りが三段階あることは良く知られている。最初の締め切りは、遅れを見込んで、制作の人がちょっと早めに設定した締め切り日。次の締め切りが本来の本当の締め切りで、これに間に合わないとアフレコに色のついた映像が間に合わないギリギリの締め切り日。ところがアニメーターはアフレコでは色がついてなくても何とかなることを知っている。いわゆる、動画撮影、略して「動撮」というのだが、色のついていない動画を撮影して対処してもらうのだ。もちろん、動撮をすれば、そのぶんの時間と費用がかかるので、あってはならない非常事態なのだが、そんな非常事態ばかり起こるのがアニメ業界なのである。動撮すら厳しい時には原画撮影、略して「原撮」というのもある。更に厳しいときには「絵コンテ撮」、そのうえが白味撮影と言って真っ白な映像にいろんな色の線が引いてあり、赤い線の時はAのセリフ、青い線はBのセリフ、波線の時は笑う、というめちゃくちゃなものだ。声優さんにとっては絵がなければ表情も分からないので、やりにくい事この上ないはずである。めちゃくちゃとは言っても、何とかなるギリギリが三段階目の締め切りなのだ。しかし、プロたるべき者は、やっぱり段階目までには終えるように頑張るべきだろう。

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