アニメな半生記 → 講師奮闘編

 7・アニメーターについての雑感

 これまで述べてきた中で、アニメーターにも原画マンと動画マンがあることはお分かり頂けたと思う。もっと厳密に言えば、動画の仕上がりをチェックする動画チェッカーや原画マンのチーフとして絵柄の統一していく作画監督がいる。また、キャラクターデザインを担当するのもほとんどの場合、アニメーターだ。これらの中で、もっとも本来あるべき「アニメーター」の概念に近いのは原画マンだろう。レイアウトを描き、アクションのキーポーズを描き連ね、タイミングを打っていくという原画マンの作業は、まさに映画やテレビドラマで言えば役者さんに相当する。ただし、役者さんであれば自分に与えられた役の役作りに専念すれば良いのだが、アニメーターは一人で何役もこなさなければならないケースが多いのである。日本では一般的に原画マンはいくつかのシーンを担当することになるので、その中に登場する全てのキャラクターを描くことになる。更には必要に応じて動物やメカニック、自然現象等々、森羅万象のありとあらゆる「動くもの」を描かなければならないのだ。

そう考えるとアニメーターが覚えなければならないことは無尽蔵であり、一生が勉強であると言える。

 一方、アメリカ等のシステムではシーンを担当することはあまりなく、特定のキャラクターを担当することが多いようだ。だからアニメーターはまるで役者さんのように担当するキャラクターの役作りに専念できるのだ。

キャラクターだけでなく、水や煙などの自然現象を専門に担当するエフェクトアニメーターという専門職もあり、エキスパートがその専門分野で活躍できる体制ができているのだ。どちらのシステムが優れているのかは何とも言えないが、一つだけはっきり言えることは、日本のアニメーターは大変だと言うことだ。

動画マンは原画マンのアシスタントとして原画のクリンナップや中割りをしてアクションを完成させていく。漫画家のアシスタントとは少々違うが修行時代という意味では本質的に同じかもしれない。漫画家のアシスタントは漫画家が描いた原稿にベタを塗ったり、スクリーントーンを貼ったり、消しゴムをかけたりしながら技術を学び、その合間に自分の作品を描いてデビューを目指す。動画マンの場合も原画マンのアシストをしながらアニメのなんたるかを学び、自らが原画マンになることを目指していくのだ。修行時代なのだから辛い事や苦しいことがあるのは当り前、それに耐えてこそステップアップがかなうのだ。

 1枚描いていくらと言う出来高制の会社が多いのだが、新人時代は思うように描けないので、結果として枚数もあがらず、収入的に厳しい人が多いようだ。忙しい業界なので残業時間も半端ではない。中割り作業の中にはただただ、ひたすら辛いだけのものも当然ある。しかし、真のクリエーターを目指すのであれば「じっとこらえて今に見ろ」の精神で、厳しいことは覚悟の上で臨んでほしいと思う。とは言え、現場では近年の傾向として会社の都合で、まだ力不足の動画マンでも安易に原画マンにしてしまうことがあるようだ。原画マンに比べて動画マンが会社にもたらす利益が少ないというのが大きな理由だが、更に東南アジア諸国に動画の下請けを出してしまえば出来はともかく早く上がるという現実もそれに拍車をかけているようだ。力不足ながらも、原画マンへの昇格をチャンスと捉え、がむしゃらに頑張った結果として一人前の原画マンになっていければ良いのだが、逆につぶれてしまうケースも少なくはないようだ。

動画マンになった以上は勿論、原画マンになることを目標にすべきだが、先ずはどんな動画でもこなせる一人前の動画マンになることが先決だろう。例えば「走り」の中割りもまともに出来ない者が原画マンになって走りの原画を描くなんてことが本来、許されていい訳がない。

実は以前、動画マンを経ずに、アニメーターとして原画マンからスタートした人からY校でアニメーター科の非常勤講師をしたいという話があった。

現役の原画マンだったのだが、動画経験がないこともあり、力量を見せてもらうために「走り」と「火」の動画を描いてもらった。何と、と言うべきか案の定と言うべきか、走りでは適切な中割りポーズが描けないばかりか上下動もついておらず、火ではフォルムを上に送ることも知らず、その場で形を変化させるだけで、全く使えるものではなかった。

その人は悪びれずに「動画って難しいですね。原画は決めポーズを描くだけだから原画の方が簡単ですよ。それに火とか爆発って最近はCGでやっちゃうから必要ないじゃないですか」と言うのだ。この、アニメをなめきった発言にはあきれかえってしまった。

確かに絵そのものは上手い方だったのだが、その人の話の中には動かすことに対する思いが全く感じられず、Y校アニメーター科のポリシーに噛み合わなかった事もあり、臨時講師としての採用は見送った。しかし、そう言う人でも通用してしまう今のアニメ業界に未来はあるのかと、少々悲しくもなった。

 そもそも絵を動かす人のことをアニメーターと言うのであって、アニメーターと言うからにはやはり、動きに対するあくなき追求者、表現者であってほしいと思うのだ。

 次へ