アニメな半生記 → 講師奮闘編

8・アニメ学校の使命

 私がかつて開設していたホームページの掲示板に現場のアニメーターからの書き込みがあり、返信したところ、図らずも学生まで巻き込んでのディベートとなってしまったことがある。以下、ハンドルネームを全て変えて紹介する。

書き込みをしてくれた象さんというアニメーターは自らホームページを開設し、アニメ制作現場の悲痛な声を紹介したり、業界の抱える負の部分を告発している方だ。

 今回のやり取りを通じて「学校の持つ使命」というものを考えさせられた。

 やりとりは象さんの書き込みから始まる。

 

(象さんの書き込み)

アニメ制作現場よりアドバイス

私はアニメーターをしています。

アニメーターを目指す皆さんは、アニメ会社に就職してからも最低1年間は、親御さんから仕送りをしてもらう約束をしておいたほうがいいですよ。

アニメ会社に就職しても、家賃も食費も払えない給料しかもらえなくて、すぐに辞める新人が多いのです。

アニメの学校を卒業するのに、学費と家賃や食費その他で数百万円かかっているのに、数ヶ月で辞めたらもったいないですよ。

それとアニメーターをしながら他にバイトをする時間も体力も残っていません。アニメ会社に就職しても、しばらくは親の仕送りが必要不可欠です。

そうでなければ数ヶ月でアニメーターを辞めることになります。ああ、もったいない。

以上

 

これは私へと言うよりも、掲示板に目を通すアニメーター志望の若者達へのアドバイスだろう。

それ故に、これを読んだ生徒達がマイナス思考に陥らないよう、フォローのレスをすることにした。

 

(小幡から象さんへ)

RE・アニメ制作現場よりアドバイス

制作現場からのアドバイスありがとうございます。

私の場合は親の大反対を押し切ってアニメーターになったので、意地でも仕送りには頼るまいと決心していました。

バイトでためた資金が若干あったこともありますが最初から自立して頑張ることができましたし、二十四才で結婚し、二十代のうちにアニメーターとして二児の父親になりました。

一般的に、アニメ業界では多数の動画マンが淘汰され、生き残った者が原画マンになります。

更にその中から選ばれた者が作画監督になるというピラミッド構造になっていますよね。

最初から淘汰されようなどと思っている人は勿論いないと思います。

しかし、例え、思っていなくても、淘汰されても仕方ないとしか言えないような生き方をしている人は沢山見受けられます。

私は現在、講師ですが、たいていのアニメーターよりも長時間働いていると思うし、努力もしています。

若い元気な者がぽろぽろ遅刻したり病欠したりする中、入社以来十年以上、無遅刻無欠勤を貫いています。

極論と言われても構わずに敢えて一言、言わせて頂くのならば、「仕送りに頼ろうなどと言う者は最初からアニメーターになる資格なし!」と言ってしまいましょう。

現実的には暴言だとは思いますが、精神的にはそうあるべきだと思っています。

あまりにも甘ちゃんが多すぎる。

二十代で花を咲かそうとなんて思わず、とにかくドロドロになって苦労していこうと腹を決めた時、たいていの壁は乗り越えられるはずです。

もし乗り越えられないのならば、それは別の道に進むべきだとのメッセージだと捉えていいのかもしれません。

全てのことには意味があるのです。

ピラミッド構造の中ではドロップアウトする者が出るのは必然であるけれども、しない者がステップアップしていく事もまた必然です。

その選択は、本人が勝つと決めるか決めないかにのみ懸かっているのです。

以上

 

 今にして思えば、象さんが自分のことを全く語らないことに対する反発も若干あったようで、つっこみどころ満載の極論的な発言になってしまっている。 案の定、さっそく象さんからの反論が来た。

 

(象さんから小幡へ)

おばた先生へ

失礼とは思いますが反論させていただきます。

精神論だけではいかがなものでしょうか?

アニメーターになっても基本給なし、動画一枚百五十円の出来高給のみ、最初の月は百枚も描けず、数ヶ月たっても二、三百枚がやっと。それが普通です。

それでも仕送りがあれば食いつないで一年もてば原画になり、自立して食える可能性もあります。精神論では腹はふくれませんよ。

食わないと体力もなくなります。

もしも大学に通えば四年間は親の仕送りに頼るわけです。

アニメの学校+就職後一年間なら大学よりも短い三年間の仕送りじゃないですか?

おばた先生もバイトの蓄えがあったから乗り切れたわけでしょう?

実際のところ、学校の説明会で入学希望者や親御さんに対して食えない現実を説明していますか? していませんよね?

おいしいことを聞かされて入学してしまった学生さんの将来に自分には責任はないと言うのですか?

いま学校に通学している学生さんにアニメの制作現場にはいって、数ヶ月で辞めてほしくはないのですよ。わかってもらえませんか?

数ヶ月で辞めなければ、宮崎駿監督を越えるくらいの才能を持った学生さんもいるかもしれないのです。精神論よりも現実に食えるかです。

アニメの学校に通う皆さんは、バイトなりで百万円以上の貯金を貯めるか、親に仕送りをしてもらって、最低でも一年間はアニメーターを続けてください。一年やれば周りの評価や自分が将来原画になってアニメーターを続けられるかということが見えてきますし、動画として他のスタジオに移ることも可能になります。アニメーターは終身雇用ではありません。フリーで色々なスタジオを渡り歩く職業です。そういったことも一年続ければ見えてきます。

以上

 

何とここに、うさぎ君と言う学生が入ってきてしばらく象さんとの興味深いやりとりが続きます。

 

(うさぎ君から象さんへ)

一言発言させて下さい。

象さんと議論しようとは思いませんが、アニメーターという職種を何故そんなにも卑しめるのでしょうか。

学校にはコミック科や声優科などもあって基礎教育を提供しているはずですが、その人達が自立して食えるようになる率はどんなものでしょうか。

生き残れる数はアニメーターよりもはるかに厳しいはずだと思います。

今の日本のアニメの若い働き手の非常に多くがY校発になっています。

若い人は厳しいのを承知で基礎教育を受けるために専門学校に行っているのであって、いざ現場に出てその現実に直面して転業することがあったとしても一度は「夢」を追ってみる価値はあるのではないでしょうか。

現場では基礎教育をする余裕がありません。

学校がそれを代行しているのだと思いますが……現場からの視点ではY校は真面目にやっています。

以上

 

(象さんからうさぎ君へ)

うさぎさんへ

アニメーターという職業を卑しめているつもりは全くありません。

コミック科や声優科は無関係です。今の日本は就職難でリストラも多く、そんなことを言い出したらキリがありません。

現実として、アニメーターの最初の給料では食えません。

家賃も払えないし、食費も出ません。

しかし、数ヶ月で辞めたりせずに、一年続ければアニメーターを続けて生活できる可能性はかなり高くなります。

原画になれば、多少は貧乏でも家賃と生活費くらいは払えます。

それには、百万円くらいの貯金を貯めるか、一年は親の仕送りに頼るか、アニメーターを続けるには他に方法がありません。

これが現実です。精神論ではメシは食えません。現実を理解してください。

アニメの学校を卒業するのに、学費と生活費で数百万円かかっているのに、数ヶ月でアニメーターを辞めたらもったいないです。

メシが食えて一年続ければアニメーターを続けられる可能性があります。

給料が安くてメシを食えないことを理由に数ヶ月で「夢をあきらめる」ほうが、よほど馬鹿げているとは思いませんか?

以上

(うさぎ君から象さんへ)

失礼しました。

コミック科や声優科の生徒の前途は無関係ですか……。

同じ学舎に学び、同じ夢を見てもアニメーター志望だけは別ということですね。

その人達は最初の給料では食えないのは仕方がないということですね。

わかりました。

以上

 

(象さんからうさぎ君へ)

うさぎさんへ

あのですね、学校が一緒でも社会に出たら別の仕事ということですよ。

高校のクラスメートも、卒業後の進路はべつということですよ。

アニメーターが特別なんて言っていませんよ。仕事の形態が異なるのです。

感情を交えすぎているんじゃないですかね?

まず、声優について。声優になるには、まず劇団に所属する必要があります。劇団に所属しなければ声優の仕事はできません。

アニメーターと違い、声優は六十歳を過ぎても長く続ける人が多いし、劇団員の数は限られているので狭き門です。

また、新人の一回のアフレコの給料は五千円くらい。

声優に人気が出れば仕事も増え、給料もあがる仕組みです。

人気がない声優は辞めて田舎に帰るしかありません。

漫画家というのも狭き門で、漫画雑誌の新人賞に応募して、六百通の応募のなかから大賞や佳作などの賞をとれるのは数人、百人のうち一人です。そこから連載できる数はさらに減ります。

計算すれば、四十人のクラスのなかで一番絵がうまくても漫画家になれる確率は五十%以下ということです。

百人の漫画志望者のなかで一番絵のうまい人だけが漫画家になれる可能性があるということです。

ただし、連載を持てば月刊誌に二本程度の連載であっても年収一千万円以上は稼げるし、週刊誌で連載がヒットすれば二十代で億単位の収入を得て長者番付に載ります。

アニメーターはそれとはまったく別で、少し絵が描ければ誰でもなれます。広き門です。ただし、食えません。

人気の漫画やアニメのキャラクターを模写して、アニメスタジオの面接を受ければ、少し絵がうまければ誰でもなれます。

新人に最初に求められるのはキレイな線を引けるか、それだけです。

パースや動きやレイアウトなんて原画になるまで求められません。

動画をやりながら少しずつ学んでいく必要があります。

これだけ違う職業を「夢を目指している」などと、ひとくくりに論じるほうが乱暴じゃありませんか?

そうしたら、ミュージシャンを目指している若者とか、お笑い芸人を目指している若者とか、いちいち「夢を目指している」若者の話をはじめたらキリがありませんよ。夢ばかり見てないで現実を見てください。ハタチを過ぎたら大人なのですから。夢を見ているのは中学生の子供ですよ。

この書き込みを読んで、多少なりともアニメ制作現場の厳しさを理解してくれる学生さんが増えることを期待しています。

現場に入ってすぐに辞めないでくださいね。

以上

 

(うさぎ君から象さんへ)

これでおしまいにします。

一年ぐらいで辞めないでほしい、は正論です。本当にそう思います。

ただ、おばた先生に限らず、<学校の説明会で入学希望者や親御さんに対して食えない現実を説明していますか? していませんよね? おいしいことを聞かされて入学してしまった学生さんの将来に自分は責任ないと言うのですか?>は厳しすぎると思って書いただけです。

多分学校経営サイドは必死でカリキュラムを充実させたり、教師の質を向上させたりに努力している筈で、滅茶苦茶なアニメ業界の腐った体質にまでは責任が持てないのでは・・・と感じています。

貴方がたの宣伝もあって入学する学生はそこそこの知識をもって臨むのではないでしょうか。

僕は岡山でY校の学校説明会を聞いてこの世界に入りましたが、「この業界は厳しい」と繰り返し聞かされましたよ。

以上

(象さんからうさぎ君へ)

うさぎさんへ

そうですか。

私はいちどY校東京校の学校説明会に出席したことがありますが、

学院長もいましたが、アニメ業界の厳しい現実には一言も触れず、おいしい話しか聞かされませんでしたよ。

アニメーターの新人の初任給が二万円以下でとても生活できない、なんて現実を親御さんの前で話せば、親御さんに入学を反対されるでしょうね。

岡山のY校の説明会のほうが誠実なのかもしれませんね。

私が言いたいのは、新人アニメーターは食えないから金を準備しろ、それだけです。

貯金でも仕送りでもいいから一年続けてみて、進路を見極めるほうが良いでしょう。

給料が安くてメシが食えないことを理由に数ヶ月でアニメーターを辞めないでください。

もう充分だと思うので、私もこれ以上の書き込みは控えさせていただきます。

以上

 

 最後の最後まで自分自身のアニメーター人生やアニメに対する熱い思いを語ろうとしなかった象さんには残念な思いでいっぱいだ。

象さんとうさぎ君、二人のやりとりが終結したところで、最後に私の思いを書き込ませて頂いた。

 

(小幡から象さんへ、そしてうさぎ君へ)

おばたより、反論へのお答え

象さんへ:

先ず、ご理解頂きたい事があります。

私自身、アニメ業界の厳しい現実の中で生きてきた人間であり、業界の抱えた「負の面」は知り尽くしているつもりです。

そしてその厳しい世界に、年間育てた可愛い学生達を毎年送り出しているのです。

鮭の稚魚を放流するのとは訳が違います。

一人ひとりの抱えた問題や悩み、性格、実力などを知った上で、祈るような気持ちで送り出していくのです。

端から見れば、アニメの学校は美味しいことばかり言って学生を集めているように見えるかもしれませんが、私達は「夢と希望」を抱いて入学してくる学生達に対しては、善かれと思うことはやり尽くしていきたいと思っているし、そうしてきたつもりです。

講師生活を続ける中で私なりに考え、結論としてきた学校の使命というものが二つあります。

一つは、現場に対して即戦力となる人材を供給していくこと。

もうひとつは、若者達に「夢と希望」を実現していく為の「知識と技術」を与えていくことだと思っています。

その意味では彼等の夢と希望は最大限に守り、育ててあげたい。

厳しい現実を知ることで夢と希望は萎えていくものですが、「大変」な現実は文字通り自分を「大きく変える」チャンスなんだと言う発想を持たせていきたいと思っています。

また「精神論では喰えない」と言われそうですが、夢と希望こそが前進のエネルギーとなり、喰える自分を具現化していく力になることを私は信じています。

だからこそ「はじめに精神論ありき」なのです。

目標を掲げ、常にプラス思考で現実に取り組んでいこうと云う一念があってこそ、そこに努力が生まれ、知恵が湧いてくるものでしょう。

勿論、私達は現実を無視してきれい事のように精神論を語っている訳ではありません。

在学中に、現場の厳しさはじっくりと教えていきますし、就職に先立っての個人面談では、親からの援助の有無や貯金の有無なども確認しながら、個々に応じたアドバイスをしています。

常に一人でも多くの学生にこの世界で自己実現をしてもらいたいとの思いで取り組んでいるのです。

あなた方の主張に反論するつもりは全くないのですが、あなた方のホームページが、アニメーターを志そうと思っている人達の芽を少なからず摘み取ってしまっていることは間違いないでしょう。

あなた方のホームページを見たことで、悔いを残しつつ無難な世界に進んでいった人達はかなりいるのではないでしょうか。

それはそれで、甘い考えの人が入ってきて悲劇を生むのを事前に防ぐという意味では存在意義はあるかもしれません。

しかし、夢と希望を削がれることなく、もし飛び込んでくれば大成したかもしれない有為な人材の芽まで摘んでしまっているのであれば、あまりにも残念なことです。

負の面ばかりの発信は物事を無難に納める効果はあるかもしれませんが、建設的なものをもたらす力にはなり得ないでしょう。

決して批難しているのではありません。それぞれの使命に邁進していきましょう、と言うことです。

ところで、動画マンが「なりやすく続け難い」職業であることは意見の一致するところだと思いますが、これは「なりやすいから続け難い」とも言えますよね。

月々二百枚しか描けない動画マンが百人いるより月々千枚描ける動画マンが二百人いる方が良いですよね。そこにはあなた方の言う悲劇は生まれなくなります。

アメリカのカルアーツ(アニメの学校)では厳しい試験を勝ち抜いた入学生がエリート教育を受けて、ほとんどアーティストと言えるレベルになり、アニメ業界に就職していきます。

そして一般の職業に勝るとも劣らない十分な収入を得ています。

さて、日本の動画マンの中にアーティスト、もしくはクリエーターと言えるレベルの人達はどれくらいいるでしょうか。

これは一つの問題提起です。

現実的にはあまりにも多すぎる作品数と厳しいスケジュールの中で猫や杓子の手を借りてでも粗製濫造せざるを得ない現場の実態があることは良く分かっています。

しかしその厳しい現実に対処する一方で、業界全体がアニメ業界の「本来あるべき理想像」を明確にし、目指すべきものとして掲げていってほしいと思っています。

ライト兄弟の「空を飛びたい」と言う思いが飛行機を具現化したように、すべてのことは先ず、はじめに心の中に生まれてくるものです。

こうありたいという思いを皆が共有しそれが個々の潜在意識に、さらに全体の集合的無意識にまで深透していったとき、それは現実の世界で形になっていくものです。

だからこそ私は精神論的なものを重視するのです。

ホームページというのはそのような建設的な論議を草の根的に展開していくにはもってこいの媒体だと思います。

是非とも貴ホームページが現場の苦しい声を吸い上げ、その厳しい実態を知らしめていく次のステップとして、この現場をどう改革していけば良いのか、建設的な部分にまで踏み込んで下さることを希望します。

 

うさぎさんへ:

一連のやりとり、興味深く拝見しました。

情報に振り回されることなく、確固とした意思と目標を持って、今やるべきことをやって行けば良いのです。

ただし情報を遮断してもいけませんね。

象さんの発信する情報から学ぶことも多いはずです。

ただしそれによって自分がマイナス方向に行ってしまってはいけないと言うことです。

それは情報に振り回されている姿だからです。

情報を自分の中で再構築して、自分をプラス方向に持っていけるものにしていきましょう。

それが賢い生き方です。

有意義な春休みをお過ごし下さいね。

以上

 これらのやりとりから何を学ぶかは、読者のみなさんの問題となる。 

 
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