バンタン電影アニメマンガ学院に入職してから1年半、色々なことがありました。
昨年度は、カリキュラムの建て直しに加え、渾身の授業と就職指導、プラス、卒業制作に忙殺されながらも、東京や地方でのイベントで講師をやるために東奔西走してきました。
しかし、至らない面もあって、お叱りを受けることもありました。
でも、自分の好きなこと(アニメ)で人の役に立つことが出来て、私は幸せ者だと思っています。

さて、今年度、2009年7月3日、私は、思いがけず、パリへ飛び立つことになりました。
7月2〜5日に開催された「ジャパンエキスポ2009」に参加するためです。
ジャパンエキスポというのは、日本のアニメやマンガなど、ポップカルチャーから武道や茶道・華道など伝統文化までを紹介するイベントで、今回で記念すべき10回目というものです。
私は、このイベントに出展したバンタンのブースで、デモンストレーションをするために行ったのです。
個人的にも人生の一大イベントだったので、奮戦記の一章としてその顛末を記録しておきたいと思います。

一日目(7月3日)

私は4日間あるイベントの後半の二日間だけの参加だったので、他の4人のスタッフとは別に、たった一人で行くことになりました。
フランス語なんて「ボンジュール(こんにちわ)」と「メルシー(ありがとう)」しか分からないので、かなり不安の中での出発となりました。
あっ、もう一つ知っていました。「ジュテーム(愛してます)」。

さて、出発の最初から、私は大チョンボをしてしまいました。
新宿発の成田エクスプレスに乗り遅れてしまったのです。
完全に発車時刻を30分勘違いしていました。
さっそく緑の窓口に相談したところ、「できるだけ早く成田空港に行きたいならば、今すぐ東京駅に行ってください。そこから別のエクスプレスに乗れます」と言われました。
さっそく東京駅に向かい、ほぼギリチョンで乗ることができました。

乗るはずだった電車ではないので、指定席券がありません。
しかし超ガラガラだったので座っていると車掌がチケットの確認に来ました。
「すみません、別のエクスプレスに乗り遅れたので乗車券しかありません」と言うと「特急券を買っていただかないとお座りになれません」と言うのです。
「じゃあ、立っていればいいんですか?」と言うと「そうなります」と言うので「分かりました」と言ってデッキのほうに行って立っていました。
少しすると車所が戻ってきて「私がいいと言ったと言わないでいただけるなら、どうぞお座りください」というので、遠慮なく座らせていただきました。

なんか幸先がいいような悪いようなスタートになってしまいましたが「人間万事塞翁が馬」とはよく言ったもの。
結局、成田空港に予定より遅れて到着したことが意外な展開を招いたのです。

チェックインの手続きを機械でしたら、ヒエー、何故かエラーになってしまいました。

JAL
の綺麗なお姉さんにその旨を伝えると「この便は大変混み合っているので‥、少々お待ちください」と言ってキーボードを叩いたり、どこかへ電話をしたりして、しばらく待たされました。ま、まさか乗れないのでは‥という不安がよぎったとき、お姉さんが「お客様、大変申し訳ございません(えっ?)。エコノミー席が埋まってしまいまして(ギョ!)、このままのチケットでプレミアムエコノミー席にご案内できるのですが、それでもよろしいでしょうか?」と言うではありませんか! 
いい席に座れるならばいいも悪いもないので「超〜良いでーす!」と答え、優雅なフライトをすることができたのです。

フランスまでは13時間。
長旅なので途中2回の食事がでました。2回とも飲み物はビールをいただき、ほろ酔い気分で映画を観まくって過ごしました。
観た映画は以下の通り。

「天使にラブ・ソングを…(1992年:アメリカ)」
これは以前から観たかったのでラッキー。爽快な映画でした。

「ワルキューレ(2008年:アメリカ、ドイツ)」
史実に基づいたナチス時代のクーデターもの。失敗に終わるのだがドイツにもこのような人たちがいたのかと知れて為にもなった感動作。トムクルーズがかっこ良すぎ。

「ナショナルトレジャー(2004年:アメリカ)」
ドキドキハラハラのエンターテインメント。アメリカ独立宣言書の裏に隠された宝のありかを求めての冒険活劇映画。純粋に楽しめました。

「モンスターVSエイリアン(2009年:アメリカ)」
公開中の映画だったのでラッキー。それなりに面白いのだが、後半はちょっとダラダラぎみで退屈感が‥。

「巨人の星 行け行け飛雄馬(1969年:日本)」
TVシリーズのピックアップで、星が甲子園に出場し巨人に入団するまでの話。懐かしのアニメとはいえ、作画がひどくて残念!

フランスと日本では7時間の時差があるのですが、フランス時間で17時頃、飛行機はパリのシャルルドゴール空港に着陸しました。
日本ならばもう、床に入るべき夜中の12時。

初日は、もうホテルにチェックインしてゆっくりするだけなので、タクシーに乗ってホテルに向かいました。

車中からは、トヨタの自動車を2台ほど見ましたが、日本車はほとんどなく、しかも汚かったりボコボコへこんでる車が目立ちました。
パリの中央部に向かうにつれて、パリらしい歴史的な建物がどんどん増えてきたので
「花の都(死語‥爆)パリに着たんだぁ‥」との感慨が沸いてきました。

走ること30分、宿泊先のノルマンディーホテルに到着。
覚えていったフランス語「アーンルシュ シルブプレ(領収書ください)」が見事に役立ちました。
ところが、ホテルでのチェックイン時に、いざこざが‥。
私は予約の紙を出せばそのまま部屋の鍵を渡されると思い込んでいたのですが、「前払いなのでお金を払ってください。カードにしますか、現金にしますか?」と言うのです(英語で)。
既にスタッフが払ってないかと聞くと払ってないというので、スタッフに電話してみるも繋がらず、ついに50ユーロを払う羽目になってしまいました。
まあ、これは結局チェックアウト時に返ってきたから、いいんだけどね‥。

私の部屋は301号室。エレベーターで昇ろうとした際に、先ずは軽目のカルチャーショック。ボックスは降りてきているようなのに、あれれ‥エレベーターのドアなかなか開かないのです。ふと見ると、ドアに取っ手がついているではないか‥。
なんと手で引っ張って開けるドアだったのです。
ズコッ‥。


部屋に入って、カルチャーショックの第二段。
な、ないのです、エアコンが‥。
かわりに縦型の扇風機が置いてあるのです。
それはまあいいでしょう、私が子供の頃もエアコンはありませんでした。

カルチャーショックの第三段は、バスタブの横にありました。
洋風便器の形をした何かなのです。
コックを回すと上の方の穴からお湯と水が出るようになっているのです。
形状はまったく洋風便器なのですが便座はなく、排水口は洗面所と全く同じ形。
いったい何をするものなのか考え込んでしまいました。
翌日、スタッフとも話したのですが結論は出ず、意見としては、赤ちゃん用のお風呂説とか、洗濯物を洗う場所説が出ました。
さすがにこの形のところで顔は洗いたくないですね。

さて、ちょっと休んでから、パリの街を散策しようと思い、外出しました。
既に7時を過ぎていましたが、まだ明るかったので「うっしゃー、明るいうちにパリの街をカメラに収めるぜ!」と勇んで出かけたのです。
しかし、だんだん私は「あれれ‥」と思い始めました。
「レレレのレー」かもしれません。
そう、8時になっても9時になっても全く暗くならないのです。
これはカルチャーではないので、ただのショック‥。

ところで、パリの街並みはどこまで行っても、古い7階建ての建物ばかりです。
間違っても一軒家などありません。
そして、ちょっとした広場に彫像や噴水が当たり前のようにあり、大きな木の扉には必ず彫刻が施されていました。
芸術の都と言われますが、まさに街そのものが芸術なのです。
いつまでも明るいこともあってか、至るところにカフェがあって、歩道沿いのテーブルで沢山の人たちがコーヒーや食事を楽しみながらおしゃべりをしていました。
「オッシャレー!」って感じ。

それから、大通りを走る二つの車両が連結したバスを見かけてビックリ。
な、長い‥。
この長すぎるバスが道を曲がるところを「見てみたーい」と思いましたが、残念ながら直進して行ってしまいました。

途中、東洋人のカップルが私に近づいてきました。
何かと思いきや、男性の方が英語で「中国語が話せますか?」と聞いてきたので「ノウ アイ ドント」と答えました。
すると今度は、女性の方が、英語で「○○はどこですか?」と聞いてきたので「ソーリー、アイドントノウ」と答えてやりすごしました。
こっちが迷子になりそうな状態なのに聞いてくるなー!

そんなこんなで、くたくたになってホテルに帰還。
シャワーを浴びて、何を言っているのかさっぱり分からないテレビをみながら、いつの間にか眠ってしまいました。
日本時間で言えば明け方まで起きていたことになるので、文字通りバタン
Q

パリの奥深さの一端を覗いたような夜でした。しかも、昼のような夜‥。

二日目(7月4日)

朝8時、スタッフ5人はタクシーでホテルを出発し、会場に向かいました。
会場は、パリ郊外の「パリノール・ヴィルパント展示会場」。
会場に到着すると、いました、いました。
コスプレーヤーを含めた沢山のお客さんたちが、今や遅しと開場するのを待っていました。

私はブースにてデモンストレーションの準備を終えると、会場を視察するためにグルッと回ってきました。
でかい、とにかくでかい!
アニメ、コミック、ゲーム関連の物販ブースが中心ですが、武道や華道、茶道、書道、将棋や囲碁の紹介ブース、更にはゲストショー用の舞台などがあります。

実はバンタンブースにも物販品はありました。
一つは、卒業生でもある新進気鋭のイラストレーター、木村匠吾君のイラストグッズ。
もう一つは、マンガ講師、管先生が出演した「ゼロから始めるマンガ上達塾」という番組の
DVD.です。
会期中、
DVDは結構売れたようです。

さて、10時に開場するや、お客さんたちが怒涛の如く入場し、会場は一気に賑わいに包まれました。
概ね2割くらいの人たちがコスプレーヤー。ナルトやブリーチ、ワンピースなどのキャラクターになりきって、カメラを向ける人たちにポーズを取って応えていました。
デスノートのエルもいるし、懐かしのセーラームーンもいます。

さて、いよいよ私のデモンストレーションです。
通訳の
T氏が私の絵を持ちながら周辺の人たちに声をかけ、何人か集めてきてくれました。
私は、始め、得意のセーラームーンやフランスで大人気のナルトなどをサラサラッと描きながら注目を集めます。
更に人が増えたのを見計らって、いよいよスタートです。
「ボンジュール!」という私の第一声。
それ以降はもちろん日本語ですが、
T氏に通訳してもらいながらデモを進めていきました。

「これから、私は絵を描きながら、日本のアニメを皆さんに紹介していきたいと思うざます」。先ずは日本のアニメの絵の変遷です。
30年前、15年前、そして現在のアニメの絵の特徴を目の描き方とカゲの付け方の変遷をたどりながら紹介していきました。
沢山の作品があるので、「当時の絵は、こうだ!」なんて、本当は言えるわけもないのですが、私なりに分析した傾向性のようなものをソレらしく紹介すると、観客たちはうなずきながら真剣に見入ってくれました。
根拠は二の次で、言い切ることが大切なのです。

次はアクションの紹介です。
「日本のアニメの特徴はダイナミックな動きにあるざます。特に奥行きの空間を縦横無尽に使ったアクションは迫力があるざます。どうぞ、これをご覧ください」と言って、セーラームーンの攻撃アクションの原画をパラパラと動かしながら何度か見せていくと「オー」という喚声が上がりました。

「次に、そんな日本のアニメ制作をこれから担っていく人材を、どのように教育しているのかをご覧いただこうと思うざます」と言って、頭部の描き方と全身の描き方を紹介しました。
授業で行っているブロック法での描き方です。
全身の方は裸の絵なので「これからコスチュームを纏(まと)わせます」と言って、そのキャラをセーラームーンに仕立てると観客は大喜び。最後に「ブロック法は人間だけでなく動物でも使えるざます」と言って犬を描き上げ、拍手を貰い、デモンストレーションは終了。

質疑応答の時間では「手の描き方を教えてほしい」とか「猫を描いてほしい」という真面目なものもありましたが「今、描いた絵がほしい(しかもサイン付きで)」みたいな要望も多く、次回からはそれに備え、喜んでくれそうな絵を何枚か用意して臨むようにしました。

デモンストレーションは1回につき30分ほどで、2時間おきに4回行いました。それ以外の時間に単発で17歳のキュートすぎる美少女が「私の描いたマンガを見て欲しい」と言ってきたりした他、「妹がセーラームーンのファンなので絵を描いてほしい」とか「一緒に写真に写ってほしい」といった注文に応えつつ、会場の視察に回るなどして、初日は大好評のうちに終了。

夜はスタッフ5人でホテル近くのレストランで食事をしました。
私が食したのは、ミートソーススパゲッティとビール。頑張った後のビールは上手い!プッハー!

3日目(7月5日)

朝はホテルのレストランでビュッフェ形式の朝食。
フランスといえばクロワッサンですよね。
本場のクロワッサンを食べるというのは私の中では意外と大きな念願だったので、しっかりと頂いて来ました。
肉類も豊富で、フランスに肥満の方が多いのにも勝手に納得。

イベント会場では、この日もデモンストレーションを4回行いました。
だんだんと馴れていくにつれ、色々なアドリブも入れながらノリノリのデモンストレーションになっていきました。
特に受けたのが、顔の描き方を紹介するときに「この鼻筋が通った彫りの深いのはフランス人の顔、鼻が低くてあごがひっこんでいる、こののっぺりとしたのは日本人の顔」といった自虐的なコメントでした。

さて、この日、私にはもう一つの重要なミッションがありました。
それは、「フランスのアニメ・マンガ事情調査」です。
アニメの専門家によるレポートということで、メディアに売り込むためのものです。

最後のデモンストレーションが終わったあと、そんな重要な使命を帯びて、通訳の
T氏とともに、出版社系のブースを回り、責任者にインタビューを試みました。
現地ならではの調査で、いろいろなことが分かり、とても勉強になりました。
フランス人は、ただのミーハーばかりでなく、自国のコンテンツにも誇りを持っているし、そもそもバンドデシネというフランスのマンガの市場があったが故に日本の作品がその隙間に入り込めたという事実などが知れました。
詳細はこちら。

喧騒の中での二日間、飛び交う意味不明のフランス語にやや辟易としながらも、刺激的な体験をさせていただけたと思っています。
なによりもアニメやマンガを愛するフランス人たちのパワーに圧倒されました。
聞くところによると、日本のアニメやマンガを原版で見たいがために、日本語を勉強している若者が沢山いるとのこと。
動機はどうあれすごいことだと思います。

さて、この日の夕食は提携先でもある
DLEという会社の方と一緒に中華料理店に行き、打ち上げをしました。
私は、から揚げのようなものをつまみ、それとは知らず、産まれて初めて蛙を食べてしまいました。
ゲロゲロー!
でも、あっさりとした鶏肉といった感じ。
いつまでも明るいパリの夜は、それなりに更けていきました。




4日目(7月6日)

いよいよ帰国の日。朝の食事をホテルで頂いた後、10時にロビー集合。
飛行場には17
時に着けばいいので、15時まで個々人の完全自由時間になりました。

私は仮にも絵描き
なので、念願だったルーブル美術館にN氏とともに直行。
N
氏とは、その後の予定が違ったので館内で別れました。

美術館のロビーは地下なのですがその天上は地表にからの光が
ふんだんに取り込めるガラスのピラミッドになっています。
映画「ダヴィンチコード」の
ラストシーンにも出てきたのを覚えています。
ルーブル美術館は思った以上に広く、じっ
くりと見て回ったら丸一日はかかると思われたので、駆け足鑑賞になってしまいました。

私にとっての一番のお目当ては「モナリザ」だったのですが、念願かなってツーショットまで撮ってくることができました。
「モナリザ」は、美術館的にも目玉商品らしく、至る所に「モナリザはこちら」的な案内表示がありました。
また、「モナリザ」が他の絵と明らかに別格だったのは、近づけないように柵があったこと。


「モナリザ」に限らず、私が最もビックリしたのは、ルーブル美術館ではフラッシュを焚
いてカメラ撮影をして良いということでした。
もしかしたら、本当はいけないのに、皆が
していたのかもしれませんが、係りの人が注意する様子もなかったので、禁止ではないという印象を受けました。
日本では禁止の所が多いし、例え禁止ではなくても「フラッシュ
は絵を劣化させるのでダメ」という話を聞いたことがあります。
世界のルーブルとはいえ、
入館料も9ユーロ(1200円くらい)と安く、意外と庶民に開かれた美術館という印象を受けました。

ルーブルには絵画以外にも、彫刻、彫像、装飾品など、博物館といっても
良いほど古今東西の貴重な遺産が沢山展示してありました。
2時間半かけて見て回り、
美術館を後にしました。

次に私が目指したのはエッフェル塔。
地図を見るとルーブル美術
館を出て、そのままセーヌ川沿いを歩いていけばすぐに着きそうだったのですが、思いのほか遠く、30分以上はかかってしまいました。
しかし、セーヌ川沿いは見所いっぱいで、
楽しみながら向かうことができました。
とにかく、そこら中に彫像があり、美しい建物があり、セーヌ川そのものも美しく、写す写真が全て絵はがきになりそうな街、それがパリなのです。

エッフェル塔は19世紀の
後半にパリ万博の目玉として建てられた塔ですが、パリの美観を損なうという理由で反対する人も多かったそうです。
完成してからもエッフェル塔嫌いの人は受け入れられず、エ
ッフェル塔を見なくて済む唯一の場所がエッフェル塔の中であることから、「エッフェル塔が嫌いな奴は、エッフェル塔に行け」ということわざまでが生まれたそうです。
確かに異様に高い鉄骨の塔はパリの街並みには似合わないかもしれませんが、逆に、あまりにも美しすぎて淡々としたパリの街をビシッと締めてくれているようにも感じました。

エッフェル塔は、東京タワーより50年も古い塔なのでエレベーターがありません。
階段で展望台
に昇るために並んでいる観光客の列が延々と続いていました。
私は、とても昇っている時
間はなかったので、しばし、様々なアングルからエッフェル塔を眺め「おお、芸術の都パリよ‥」と、束の間の感慨に浸り、ホテルへの帰途に着きました。

途中のお土産屋さんで
1つ2ユーロの小さなエッフェル塔をとりあえず5つ買いました。帰りは、エッフェル塔に向かった時とは反対側のセーヌ川沿いをチンタラと歩いて、15時の集合時刻ギリギリにホテルに到着しました。
凱旋門やノートルダム寺院など、まだまだ見所はいっぱいある
パリですが、今回はここまで!

さて、スタッフ5人はタクシーで飛行場に向かい帰国の為
の搭乗手続き。
ベルトをはずされ、靴まで脱がされ、厳しいチェックを受けて搭乗口を入
り、ショップでお土産を買いました。
職場と自宅へはチョコレート、自分にはちょっと大
きなエッフェル塔、えへへ。そして、19時20分のJAL406便に搭乗。
さすがに帰りはプレミアム席にはなりませんでしたが、エコノミー席の最前列だったので前のスペーが広く、「小幡先生は運がいい〜」とか言われながら、ゆったりと座って帰ってくることが出来ました。
機内では、帰りもまた、映画を観まくりました


「ニセ札(2009年:日)」
戦後、間もない頃、実直な小学校の女教諭がひょんなこと
から偽札造りに関わりり、そこにやりがいまでみいだしていくというストーリーで、面白かったというよりも、何が正義なのか、考えさせられる映画でした。

DRAGONBOLL EVOLUTION(2009年:米)
ハリウッドが造った実
写のドラゴンボールで、B級作品の域を出ませんが、アメリカ人のドラゴンボール観が感じられて興味深かったです。

走れ自転車(2008年:韓)」
淡々とした韓国の恋愛ドラマだったので、かなり眠く
なりました。

ゴーゴー70(2008年:韓)」
夜間外出禁止令が出ていた頃の韓国で、田舎のバン
ドが一旗上げようともがき苦しむさまがよく描かれており、とても面白く観たのですが最後の最後、ラストシーンで時間切れになってしまい、悔しい思いをしました。

成田に到着したのは
、日本時間で翌日7月7日の15時頃。
地球の裏側まで行って帰ってきた、3泊
5日の駆け抜け出張でした。
まさに役得で、いい経験をさせていただきましたが、それだ
けの結果は残してきたし、今後に生かせるものも掴んでこれた、と思っています。
アニメやマンガが、文化の違う国民を結びつける役割をもっていることは紛れもない事実。
日本のアニメの進化、発展が、世界の平和に繋がりますように。(以上)

 

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アニメな半生記 → 講師奮闘編

11・フランス珍道中