アニメな半生記 → 講師奮闘編

2・学生のレベルと才能について

 アニメーター科の講師として授業を始めるようになって先ず驚いたことは、学生の実力に、あまりにも大きな差があることだった。私はそれまで、アニメーター科に入学しようという子は、ずっと絵を描き続けてきた子ばかりだと思っていたのだが、中にはほとんど絵を描いたことがなく、この学校で一から教わろうという学生も少なからずいるのを知って、びっくりした。もちろん中には高校の美術部の出身者や同人誌で絵を描いていて基礎ができている学生も結構いるし、少数だが抜群の画力を持った天才、秀才もいる。要するにひとつの教室に幼稚園児から大学生までいるようなもので、最初の内はかなりとまどいがあった。

一概には言えないが、画力のある学生は絵を描くことが好きなので、練習も一生懸命する。その結果としてますます上達していく。逆に画力のない学生はその分、焦って頑張ってもらいたいのに、あまり練習をしない傾向がある。もしかすると絵を描くことが好きではないのかもしれない。

では、何故アニメーターを目指そうと思ったのだろうか。小さな子供が「ケーキが好きだからケーキ屋さんになりたい」という発想と同じなのかもしれない。もしくは、勉強はいやだけどまだ社会にも出たくない。専門学校といってもアニメなら難しい勉強もなさそうだし、通っていればそれだけで、実力もついて華やかなアニメ業界に入れ楽しく仕事ができるかも、といった発想なのかもしれない。どんなに講師がいい授業を展開し、個々に適切な指導をしたとしても学生自身が努力をしてくれなければ、どうしようもないのである。絵は描いた分しか上手くならないからだ。

眠っている才能は目覚めたくてうずうずしており、こちらの世界に引き出してもらおうと、自分自身に努力を要求してくるものだと思う。その要求された努力には、苦痛以上にワクワクするような楽しさが伴うのだ。「もっともっと絵が上手くなりたい」という気持ちが突き上がってくるのは、まさに卵の中で眠っていた才能が目覚め、いよいよ外に出ようとして、くちばしで殻を突き破ろうとする響きなのではないだろうか。

才能のあるなしは、今、上手い絵が描けるか描けないかで判断をすることはできない。絵はどんなに才能があっても技術と知識がなければ描けないからだ。

アニメーターに限らず、これから絵を描く職業を目指そうと思っている人は先ず、描きたいものをへたでもいいからたくさん描いてみて欲しいと思う。それがただただ苦痛で「絵っていうものは描く側ではなく見る側の方がいいや」と思った人は適性がないと言えるだろう。逆に、へただけど描いていて楽しい。ワクワクする。もっともっと上手くなりたい、と思う人は適性があるのだと思う。

絵心のほとんどない人の中には、そんなきっかけがあって、才能の芽がほんのちょっと出始めたばかりの人もいるかもしれない。「ケーキが好きだからケーキ屋さんになりたい」と言う発想を私は全く否定しない。実はほとんど全てのアニメーターはアニメが好きだからアニメーターになったのだから。むしろ「好きこそものの上手なり」と言うように、好きであることはアニメーターを目指すに際しての最大のファクターであると言えるだろう。ただそれが「見るのが好き」ということに限定された受身だけの人はちょっと違うかな、ということなのだ。

 授業では全体に向かってレクチャーをしたあと、個別のチェックに多くの時間を割くようにしている。全体にいくら、つばきを飛ばして覚えるべきことを熱く語っても、いざ、個別チェックをしてみると全然分かってない学生がよくいるからだ。「さっきの時間はなんだったんだ!」と思っても仕方がないことだ。結局は個別に指導したことしか身に付かないのだと思うようにしている。

 実力のある学生のチェックは念入りに、重箱の隅をつつくようなアドバイスをするが、実力的に厳しい学生へはハードルを低く設定して基本的なことを先ずは押さえてもらうようにしている。入学してきた学生はすべて平等である。いつどのようなきっかけで才能が開花するかわからない。そのきっかけを与え続けていくのが講師の務めなのだろう。

 ここまで読んできた方は、なあんだ、結局は才能がなければどうしようもないのかと思われただろう。実はそうとも限ったものではない。天性のものがあまりなくても努力に努力を重ねて技術を磨き上げていくタイプの人もいる。私自身、自分に才能があるなどとは全く思えずに今に至っている。しかし、才能がない分、努力で補っていこうと一生懸命に頑張り続けることも、もしかしたら、ある種の才能なのかもしれないと思うのだ。

何をもって世の中に奉仕をしていくのか‥‥。どんな人でもその何かを持って生まれてきているはずだ。そうでなければ存在している訳がないと私は思っている。それを見つけられずに人生を終わってしまう人も少なからずいるようだ。そして持って生まれた何かは人生の要所要所で頭をもたげてくるはずだ。そのキーワードは「ワクワクする気持ち」である。

ワクワクするのに「いやいや、こんなことは考えてはいけない」とか、「どうせ無理に決まっている」とか、自分を制限してはいけない。心の赴くままに行動を起こしてみることが次のステップにつながっていくはずだ。もし、「やっぱり違ったか」という場合でも、起こした行動は本来の道に必ずつながっていくはずだ。興味のある業界の現場を見学してみるとか、目指したい道で活躍している人に会ってみるとか、いくらでも方法はあるはずだ。学校の一日体験入学や説明会に参加するのもいい方法だ。自分の心に素直になって、自分を制限することなく行動を起こしていけば必ず道は開けていくことを信じてほしい。

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