アニメな半生記 → 講師奮闘編

4・グループ作品作制作と一人立つ精神

 一年次の総決算として「グループ作品制作」という、全十数回の授業を毎年行ってきた。と言っても、本格的なアニメを作る訳ではなく、ペンシルテスト用のマシンを使ってのペーパーアニメ制作である。

 各グループ(十〜十五人)独自にストーリーを考えてもらい、絵コンテ、キャラクター設定から原動画、撮影、ダビングまで自主的に行ってもらうものだ。

勿論、全ての工程に講師はチェックを入れるが、その際、出来るだけ自主的な部分には干渉しないように心掛けた。

 例えば原画であれば、原画として成り立っているかどうかをチェックし、ラフのヒントを与えるに留める。ただ、どうしても、ついつい自分の中のアニメーター魂が疼いてしまい、手を入れ過ぎることもしばしばあったが‥‥。

 さて、この授業の目的は、それまでに習ってきたことを実際に作品作りの中で生かし、実践力をつけてもらうことなのだが、いざ作品となれば、カットによっては授業で教えていないことも当然、色々出て来るもので、それはその都度、カットの担当者に個別指導していくことになった。

 グループ内ではこまめに打ち合わせを持ってもらい、スケジュール管理やカット繋ぎのポーズ合わせなど、それぞれの担当者を立てて進めてもらった。

「十数回の授業で完成する規模のものにしましょう」と口を酸っぱくしながら何度も訴えてはいるものの、無謀な大作を企画したり、「大丈夫っすよ」と甘い考えを持つグループが後を断たなかった。しかたなく、カット数や枚数に制限をかけたりするのだが、それに逆らってまでこだわろうとするグループには敢えて黙認することにしていた。その情熱を大切にしてあげたいし、アニメ作りの大変さを身を持って覚えてもらうチャンスになるからだ。結果として、期間内に完成させるグループがある一方、あえなく挫折するグループも出てくる。春休みの教室開放にまで食い込んで仕上げるグループもあれば、それどころか2年次になっても制作を続け、夏休みの直前くらいまで引き摺るグループもあった。これはもう呆れると言うより「ご立派」と言うしかない。意地と根性以外の何ものでもないからだ。

 最後の撮影作業は各グループとも夜遅くまでかかることが多く、夜の十時頃にやっと完成した作品の上映に立ち合うこともしばしばあった。上映しおわった時の学生達の笑顔と、期せずして沸き起こる拍手を聞く時、講師として一番幸せを感じる瞬間の一つだった。

 ところで、特に大作を完成させるグループに言えることだが、そのグループには必ず「絶対に完成させるぞ」との強い一念を持った「ひとり」の存在がある。「頑張ろう」「打ち合わせを持とう」「手の空いた人は手伝って」と常に声をかけ愚痴も言わず、自らが先頭に立って誰よりも頑張る、そんな「ひとり」がいるのだ。その姿に、最初はいやいやながらもついて行く周りのメンバーの気持ちも、いつしか「何とか完成させよう」に変わっていく。ひとりの勇者が身命を賭して立ち上がる時。そこに二人、三人の有志が続き、やがてその一波が万波となり革命が成就する。これは歴史が物語る無数の実証であるとともに法則でもある。ちょっとオーバーかもしれないが同じことだと思うのだ。

「一人立つ精神」、それを人ごとだと思わずに「先ず、自らが立ち上がろう」と思える一人一人になってもらいたいし、私自身もそうありたいと思っている。

明るい人と暗い人を一つの部屋に入れて、色々と話し合ってもらうと、二人とも明るくなるか、二人とも暗くなるかのどちらかだそうだ。これはどちらの波動が強いかにかかっているようである。それを考えると、一人の波動が沢山の人たちの波動に共鳴現象をもたらしていくことは至難の技だと言えるだろう。しかし、そこにこそ生きている実感と成長があることは間違いない。「誰かが」ではなく「自分が」である。そして「いつか」ではなく「今こそ」なのだ。

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