アニメな半生記 → 講師奮闘編

3・課題作り雑感

Y校のテキストや課題はほとんど講師による手作りだった。テキストブック(教科書)はなく、新しい単元に入るたびにテキストシートを配るようにしていた。これは「十年一日のごとく同じテキストに頼ることなく、常により良いものに改訂し続けていくべきだ」との学校のポリシーに則ってのことなのだ。

実習課題もその都度、配布していたが、毎年できるだけ新作するように心掛けていた。より良い内容にしていくと言うのが一番の理由だが、学生たちが喜んで取り組めるように、その時の流行りキャラで課題を作るなどということもしていた。ただし、いいものを無理に変えることもないので、中には数年以上に渡って使っている「永遠の課題」と称されるものもあった。

課題やテキストの作成は全校の先生に振るのだが、どうしても東京校が中心なので東京校で作る割り合いが多くなった。どうしたら絵そのものや、動画が上手くなってくれるのか? どうしたら演技やタイミングのつけ方が上達してくれるのか? これこそが解答だというものがないだけに、課題作りは、よりベターなものを求め続けていく果てしない作業であり、まさに講師にとっての「永遠の課題」であると言える。

実習課題は現場の仕事に比べれば、絵柄的にも動き的にも単純で簡単なものを多くしていたのだが、たまに卒業生などから「もっと難しい課題に取り組ませた方がいいですよ」とか言われることがあった。貴重な意見として拝受はしているものの、限られた授業時間を合理的に運営していくために敢えて単純にしているという事情もあるのだ。

クリンナップ(清書)に多くの時間を費やすのは、限られた時間のことを考えると「労多くして功少ない」ことだと思う。学生のころはシンプルなキャラクターでクリンナップはさっさと済ませ、動かすコツを身に付けていくことに重点を置くべきだろう。ただし、複雑な絵柄に3段影までつくようなハードな仕事に免疫がないまま現場に送り出すと言うのも確かに問題ではあり、悩むところである。

課題作りをするようになって自分自身驚いたことは、現場ではほとんど「経験からくる勘」を頼りに仕事をしていたんだなあ、と実感したことだった。

経験から掴んでいった勘みたいなものは自分では使えても人に教えるのが難しいもので、それを理解させるためには、その勘を理論化、もしくはパターン化していく必要がある。

例えば、透視図法などは講師になってから随分と勉強し直した。また、歩きや走りなどは、取りあえずパターンで覚えてもらい、そこから法則を学ばせて応用力をつけていってもらう方法を取ってきた。

授業においては、先に触れたように全体に対するレクチャーはどんなに必死に行っても、いざ学生が描いたものを見るとそれが生かされていないことが多く、個別指導の重要性を痛感した。個別指導に入り何人もの学生に同じ指摘をすることが多い場合は一旦個別指導をストップし、改めてその部分を全体に対してレクチャーし直すように心掛けた。

アニメーションの技術は実際のところ徒弟制度によって伝授される部分が多く、それは学校の授業でも変わらないものだと思っている。とは言うものの、せめてアニメーションの普遍的な部分だけはきちんとまとめあげて一冊の本にしたいという希望は常に持っており、いつか実現したいと思っている。

ただし、アニメーションは動かしてみて「なんぼ」のモノなので、文章や言葉ではもちろんのこと、図解しても教え切れない難しさがある。それを解決するための優れものとしてY校ではアニメーター科の教室にペンシルテスト用のマシンを設置している。各地の分校によって機種も様々だが、クイックチェッカー、クイックアクションレコーダー、ランチボックス(下写真)等がある。

これらは描いた動画を手軽に撮影できて、その場ですぐにモニターで再生できるマシンだ。学生たちにはこのマシンをどんどん活用し、自分のイメージと実際の動きの間にどれだけのギャップがあるのかを痛感するよう、口をすっぱくして言ってきた。我々が作った課題の最終地点がまさにここであり、学習したことの正確な結果はモニター上でしか確認できないからだ。 

学生によってはこのマシンを使いまくっている者もいれば全く使おうともしない者もいた。ビデオデッキに繋げば録画もできるので、グループによるペーパーアニメ作品制作も授業として行ってきた。非常に高価なマシンなこともあり、現場でも大手の会社にしかないもので、在学中にどんどん活用してアクションタイミングを体で覚えて欲しいと思っている。活用する学生としない学生の差は卒業するころには雲泥の差として現れることだろう。学校での課題作りや授業は、このマシンをどういう局面でどう使っていくのかも念頭に置きながら行っていくべきだと思っている。

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