アニメな将来

個人作家、グループ制作の台頭

混沌として先の見えてこないアニメ業界だが、これからの方向性として間違いなく、はっきりしていることは次の二点であると私は思っている

 

    3DCGアニメのシェアが拡大する。

    テレビ以外のメディアがますますアニメコンテンツを求めてくる。

 

 この二点を踏まえて今後のアニメ業界を予想し問題点を抉り出してみたい。

 

デジタル化の功罪

3DCGは今や多くの実写やアニメ作品で当たり前のように使用されている。ディズニーの『トイストーリー』以降、全編3DCGのアニメは多数作られており、アメリカのアニメ作品は今や手描きよりも3DCGの方がスタンダードになっている。  

日本でも二〇〇四年『アップルシード』が先陣を切っている。古くは一九九九年の『アイアンジャイアント』(アメリカ)で注目を浴びたように3DCGであながら手描きのセルアニメのように見せるトゥーンシェーディング、もしくはセルシェーディングという技術も確立されている。実験段階とは言え立体映像も一般化しつつあり、すでに映像の表現方法は行き着くところまで行き着いている感がある。

これからのアニメ業界で活躍する方法のひとつとして、3DCGの技術を身に付けることは選択肢の一つであろう。当然、活躍の場はアニメのみならず映像全般にまで広がる。

「いまさら無理だ」という手描きのアニメーター諸兄もあきらめる必要はない。これまでの仕事で培ってきた構図やアクションのスキル、動きのタイミング感覚は貴重な財産だからだ。歴戦のアニメーターならば3DCGのキャラクターなどに動きをつけていく技術を潜在的には持っているはずだ被写体の形を作るモデリングや表面処理をするレンダリングはできなくても構わないが、3DCGアニメーターとして活躍できるだけの勉強をしていくことに損はない。

昨今は、アニメや映像作品のコンクールなどで受賞する多くの作品が3DCG作品だ。3DCGは商業アニメの世界よりもアマチュア作家の世界で多くのシェアを得ている。

「3DCGを見て育つと2Dが平面的な劣ったものに見えてしまうのでは」という指摘があるが、私はそうは思わない。絵とは記号化されたものであり、それはシンプルになるほど普遍化していくのだ。ハローキティが愛され続けるのも、リラックマが売れ続けるのもシンプルで可愛いく自分なりの解釈を投影できるからではないだろうか。クレヨンしんちゃんのキャラには二次元の嘘があり形状的には3DCGになりにくい(と言うか3Dのしんちゃんなど見たくもない)。売られている人形を見れば分かるが、しんちゃんは正面顔がなりたたないのだ。3DCGが本流となったアメリカだが『シンプソンズ』という超シンプルなキャラの2DCGアニメの劇場版が大入り満員になっている。お客さんにとっては面白ければどちらでもいいのである。すでに3DCGはかっこいいとか最先端だなどという意識が持てないほど当たり前になってしまったことも一因かもしれない。

いずれにしても、アニメ制作のデジタル化は映像表現の幅を格段に広げ、金銭的、時間的な合理化を進展させてきた。また後世に劣化させることなく作品を残すことも可能とした。アナログからデジタルへの過渡期はもう終わったと言ってもいいだろう。

この間に、セル画をフィルムで撮影していたアナログシステムの感覚を見事に踏襲した形でデジタル化したため、大きな混乱も起こらなかった。まだまだ無限の可能性を秘めていることは間違いなくいいことずくめに思えるデジタル化だが、その代償として失ってしまったものはないのであろうか。まだ結論を出すのは早すぎるかもしれないが、『マインドゲーム』の監督であり『クレヨンしんちゃん』の劇場版のアニメーターとして活躍している天才的なアニメーター湯浅政明氏の発言を以下に頂戴することにする。

デジタル化で一番大きいのは、誰でも作れるようになったってことですね。一般の方でもパソコンとソフトがあれば個人でできるし。ただ、ハードルが凄く低くなって誰でも作れる分、志が高くないと、適当なところで安心しちゃうところがあるのかな、と思いますね。今はどんなアニメを見ても昔よりきちんと作品にはなってるけど、動かすという気持ちは少なくなってるみたいですね。絵を動かしたいっていう要求が、昔よりないのかな…と。演出や絵で見せていく作品が多いですよね。絵のクオリティを上げたために、動かすのがより困難になってきているのかも。僕はもっと、絵がしょぼいとかは気にしないで、とにかく動かしたい。キャラクターが走って、風景が動いていくのが好きなんですよ。一緒に走りたいというか。だから僕の作品は主観の構図が多いんですけど。

あと、今はDVDの売り上げ込みでやってる分、何度も見られることが前提なので、絵がきれいじゃないといけないというのがあって、それが悪い方向に行ってる気がするんですよね。絵はきれいだけど動きやポーズがつまらないというか、アニメーションらしい魅力がある作品が少ないですね。

デジタル化で自由になっていく分、それだったら実写だとかフル3DCGでやった方がいいんじゃないかってところが増えてくるとも思うので、これからは2Dのアニメだからこそできることは何かっていうのを考えながらやっていくつもりです。

素材として今は実写の方が面白いと思うんですよ。実写だからこそCGによって幅が広がって、ほんとに自由になっている気がするんですよね。でもあえてアニメの、平面だからこその効果を考えたものを作っていきたいなと思います」

まさにアニメーターならではの至言である。

 

インディーズ時代の到来   

テレビ以外のメディアといえば従来は映画でありビデオ(DVD)だったが、これからの注目は言うまでもなくインターネットである。テレビとパソコンの垣根が低くなり、レンタルの機能はすでにネットに移り始めている。このような状況の中で、メジャーに属さない個人やグループの制作による、いわゆる「インディーズアニメ」の台頭のチャンスが大きくなっている。

二〇〇二年に公開した『ほしのこえ』は、監督・脚本・演出・作画・美術編集などほとんどの作業を新海誠氏が一人で行った約二十五分のフルデジタルアニメーションで、従来の自主制作のレベルをはるかに超えたクオリティーの高さが注目を浴びこの作品は第1回新世紀東京国際アニメフェア21公募部門で優秀賞を受賞し、実行委員会委員長の石原慎太郎都知事から「この知られざる才能は、世界に届く存在だ! 」と絶賛を浴び

『ほしのこえ』が二〇〇二年に発表され、DVDが爆発的に売れた時、「いよいよインディーズアニメの時代が到来か!」と騒がれたが、一年経っても二年経っても、そのような形であとに続く作家は出てこなかった個人が劇場にもかけられるような本格的な作品を作るということは、当時はまだ難しかったのだ。

しかし、そのような中でも新海氏は創作を続けていた。二〇〇四年にはスタッフを集めて初の劇場長編作品となる『雲の向こう、約束の場所公開。前作以上の作画のクオリティーと巧みな演出、音楽とのマッチングが大いに評価され、この作品で第五十九毎日映画コンクールアニメーション映画賞を、宮崎駿監督の『ハウルの動く城』などを抑え受賞。二〇〇七には、連続短編アニメーション『秒速5センチメートル』公開。

彼が開拓した個人制作システムと作品の流通システムはこの間に多くの作家に勇気を与えた。二〇〇四年には『おじゃる丸』などで有名な大地丙太郎監督がインディーズアニメとして『まかせてイルカ』を発表。二〇〇五年には、森田修平氏と浅敷大祐氏の映像制作ユニット「YAMATOWORKS」が『KAKURENBO』を発表。森田氏はこれで作家としての名前を知らしめ、その後、日清カップヌードルとのコラボ企画『FREEDOM』の監督を託されている。同年、栗津順氏が昭和百年を舞台にした特撮風アニメ『惑星大怪獣ネガドン』を発表。二〇〇六年にはイラストレーターの松原俊和氏と作画監督、キャラクターデザインの渡辺明夫氏がダブル監督で、青春ファンタジー『星空キセキ』を発表。

この間にインディーズアニメを発表するコンクールがいくつも旗揚げされ、作品をプロデュースする会社も設立されていった。プロデュース会社に自らを託せば、作家は作品制作に専念できるが、いいように利用されるリスクもつきまとうだろう。プロデュース会社の経営者が本当にアニメを愛し、感動する心を失っていないことが作家にとって会社選びの重要なファクターとなるだろう。

 

ネットアニメはビジネスチャンス

今や、アニメの制作や作品の発表は動画ソフト「フラッシュ」やブロードバンドの普及によって昔に比べれば遥かに簡単になっているそしてそれらの作品を企業が注目している。企業は「いい作品」というよりも、言うまでもなく「売れる作品」を求めているのだ。

例えば、大ブレークした『スキージャンプ・ペア』は技術的に決して高いものではないが、エイベックスの目にとまり、なんと五十万枚超ものDVDが売れている。個人アニメ作家ラレコ氏による『やわらか戦車』は二〇〇五年、WEB上で公開されたネットアニメのキャラクターだが、ブログなどを介した口コミで人気が急上昇中。結果としてDVDだけでなく、食玩、Tシャツ、ぬいぐるみなどの関連グッズも販売されるようになった。

こうしたメディアミックス的な成功を収めるためには、少年漫画の主人公と同様、「キャラクターを立たせる」ことがポイントである。ストーリーから入るよりもキャラから入る。徹底的にキャラを掘り下げて、性格から生い立ち、趣味や家族、友人、さらには何を目標に生きているかまで設定していく。そこまで掘り下げたキャラであれば、ある状況を与えただけで、この場面ではこう対処して、こう乗り越えるだろうと、ストーリーが自然に出てくる。そのような個性的なキャラクターが絵的にも親しみやすいものとして作り上げられたら成功への第一歩だ。

それプラス、ネーミングの効果も侮れない。ただし、商標を取ろうと思ったらカタカナ五文字程度で成り立つ言葉はもう取り尽されており、七、八文字までいかないと無理だそうだ。国際的にも通用させようと思うのならばリサーチも必要になってくる。他国の人にとって不快な響きもあるからだ。例えば『鉄腕アトム』がアメリカでは『アストロボーイ』となったのは、アトムという言葉には隠語としておならという意味があったからと言われている。ただし、すでにアトムというヒーローがアメリカには存在していたからという説もあって真偽のほどは定かではない。

さて、海外では通用しそうもないが、前述の『やわらか戦車』を例にとって分析してみよう。誰もが意外性を持ったこのネーミングに興味を持つだろう。ひらがなの「やわらか」と漢字の「戦車」の組み合わせが実に良い。英語に直訳してしまうと「ソフトタンク」となり組み合わせの妙が半減してしまう。そして一歩その世界に足を踏み入れるや、想像を超えた更なる意外性と親近感、それに加えて共感を呼ぶキャラの内面性に夢中になり、いつの間にかファンになっている自分を発見するのである。

本来は決死の覚悟で前進をするのが戦車であるべきなのに、やわらか戦車はそうではない。彼は常に「生きのびたい」がために後退するのである。しかも本来は鋼鉄製のはずの体がプヨプヨと柔らかい。更に驚くべきことに、人が乗って操縦するはずの戦車なのに、それ自体が生物として生きていて家族までいるのである。

軽快なテーマ曲に載せてエピソードを積み重ねながら、やわらか戦車ワールドはファンの心をしっかりと掴み、関連商品を購入せざるをえなくさせるのだ。ネットアニメの世界には愛すべきこのようなキャラクターが続々とうまれつつある。とは言え、ネットアニメはまだまだサブカルチャーだ。しかし、間違いなくマーケットとして大きくなっていく兆しはあり、今後は多くのクリエーターや企業が陸続と参入してくるだろう。

現在、テレビアニメの仕事に従事しているアニメスタジオの中にも、自分の世界や、温めてきたキャラクターを持っているクリエーターはたくさんいると思う。このようなネットアニメの世界に個人として、もしくはスタジオとして打って出てみてはいかがだろうか。ネットアニメは、混迷を深める業界にあって唯一、明るい展望の見える分野だと言えそうだ

個人作家に光が当てられるという現象は、何もインディーズやネットだけのことではなく、メジャーな世界にも兆しが訪れている。スタジオ4℃が新進気鋭の作家七人に自由に作らせたすべてオリジナルのオムニバスアニメ「Genius Party」のような作品が今後もシリーズとして成功すれば日本のアニメ史に新たな展開がもたらされることになるだろう。

 

今後に求められる人材

いずれにしても個人の才能や個性をダイレクトに作品に反映させられる時代が到来しつつある。今後の展開が非常に楽しみであるが、どんなにいい作品が作られても、それを国際的な舞台でいかにプロデュースしていくかがますます問われる時代になりつつある。

今の日本には国際的な市場を舞台に活躍できる人材があまりにも不足しているのだ。例えばハリウッドでは、シナリオアナリストが重要なポジションを占めている。ハリウッドのプロデューサーはシナリオを読んで分析する力をもっていなければならないので、シナリオアナリストを経てプロデューサーになる人が多い。またアメリカではマーケティングプランナーという職種も確立されているが日本のアニメ業界では聞いたこともない。作った作品をどのように展開し売っていくのか、そのためのマーケティングに作品の制作費と同等以上の経費をかけているのがアメリカなのである。更に、エージェントも日本が立ち遅れている分野だ。アメリカでは監督にエージェントがいて監督の代理人としてマネジメントをしていくといったビジネスが成立しているのだ。

また、世界を舞台に活躍するためには国際語学ということで英語を話せなければならないだろう。これからの時代は単なるアニメバカでは生き残れないのだ。

自転車操業の日本の現場にそのような人材の育成を求めることは酷かもしれないが、昨今、大学にまで広がったアニメ教育の現場は五年後、十年後のアニメ業界を視野に、国際的なビジネス感覚、文化感覚、法律の知識を身に付けた人材の育成に直ちに着手すべきだろう。現状を踏まえた即戦力の育成だけではダメなのだ。未来を見据えた人材育成は至難の技であろうが、それを先延ばしにするのか、今からプロジェクトとして取り組み始めるのか、教育機関の真贋が問われる重要なポイントだと言える。

ネットの世界は始まったばかりであり、今後はテレビとネットの垣根は急速に低くなっていくだろう。これからのコンテンツ制作に際しては「インタラクティブ(双方向化)」がキーワードだと思う。そこでは記号化された共通イメージとしてアニメが大いに使われるようになるだろう。企業はマスコットキャラクターのアニメ化をしていくだろう。商品説明のイラストは動きを求められるだろう。教育系サイトには動いて会話するキャラクターがたくさん生まれてくるだろう。アーサー・C・クラークの原作をスタンリー・キューブリックが一九六八年に映画化した『2001年宇宙の旅』に登場する会話できるコンピューター「ハル」も、もはや夢ではない。と言うよりとっくに過ぎた二〇〇一年だけに遅きに失した感も否めない。各人が自分好みのハルを持てるようになるのだ。それは『コブラ』に登場する美しき相棒アーマロイド・レディのような容姿かもしれないし、メイド服を着た萌え系の美少女かもしれない。そして新たなジャンルとして個人作品が気楽に楽しまれるようになっていく。まさにアニメクリエーターはこれからが旬の職業だと言える。今、第一線で活躍している人たちが、近い将来、格差社会の底辺でもがいていた日々のことを笑い話にできる日がくることを私は心より願ってやまない。

以上