アニメな世界事情
ロシア(ソビエト)

シアアニメの始まり非常に古く二十世紀の初め、帝政時代からである。人形アニメの作者スタレーヴィチがパイオニアだった昆虫の死骸をコマ撮りして作った一九一二年の『カメラマンの復讐』や、病気の少女を助けるためにヌイグルミの犬が大活躍するストーリーで、詩情アクションからユーモアホラーまで、全てがギッチリ詰まった問答無用のエンターテイメント大傑作『マスコット』などがアニメ史に刻まれている。

一九一七年、革命によってロシアがソビエト連邦となる頃から前衛的な芸術運動が起こった。映画で社会主義のPRを行おうとの実験が始まり、その勢いに乗ってアニメーションも大発展していった。映画大学が設立され、アニメを目指す人材が育ち、一九三六年には連邦動画スタジオ設立され、子どもたちのために、と意欲的な作品が続々と登場し
 しかし
本当にソ連のアニメが世界の人々を驚かせ感動させたのは第二次大戦が終わった直後、一九四七年のカラー長編『イワンのこうま(旧題せむしの仔馬)』(上写真)だった。長い間ディズニー一色だったアニメ史が塗り替えられた瞬間である。それ以来、約年周期で変貌し、新しい人材が新しい境地を開拓し、最盛期には年間百二十本ものアニメが製作された。

ソ連は再びロシアとなり混乱期を迎えたが、その中から新世代のアニメが生まれようとしている。

ロシアのアニメは芸術的なアニメが中心である。『雪の女王』(右写真)はアニメーション史上に残る傑作であり、日本が世界に誇る巨匠宮崎駿氏高畑勲氏をはじめとする多くのアニメーター達にも影響を与えた。この作品はアンデルセンの童話が原作で、一九五〇年代の旧ソ連のアニメ黄金時代の代表的作品であり、そのダイナミックなストーリー展開と美しい色彩表現力に富む描写はディズニー作品にも比肩するとの評価を得てい

『霧のなかのハリネズミ』『はなしのはなし』など、ロシアアニメの頂点に立つユーリー・ノルシュテイン監督の作品は世界遺産とも言える。さらにはカチャーノフ監督の『チェブラーシカ』(左写真)や『手袋』、日本でも話題になった『ミトン』まで、一貫して時代に埋もれることない作品が作り続けられている。

期待のホープ、アレクサンドル・ペトロフには日本の出資も得て一九九九年に『老人と海』(右写真)を公開しアカデミー賞を受賞した。ヘミングウェイの原作を見事な油彩アニメに仕立て上げた傑作であり、日本でもDVDが出ているので観ることができる。

ロシアの国民にとってアニメ鑑賞といえば、ビデオやDVDで観ることが主流でソフトのほとんどはディズニー作品かロシアの古典的名作ばかりだそうだ。

ロシアは世界の中でもっとも日本のアニメが普及していない国のひとつであるが、宮崎アニメなどが徐々に公開されつつある。宮崎氏は、かつて『雪の女王』に影響を受けたという監督だけに、今後、いい意味でのアニメ交流が始まることを期待したい。

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