アニメな日本史
成熟期
1999(平成11)年〜1現在

スタジオジブリは、『魔女の宅急便』、『紅の豚』、『おもひでぽろぽろ』、『平成狸合戦ぽんぽこ』、『耳を済ませば』と、着実に秀作を作りヒットを飛ばし日本のアニメ界の本流として、その地位を確立させいった。

宮崎監督は平成十一(一九年の『もののけ姫』で引退を宣言したが、それを撤回し平成十三(二〇〇一年の『千と千尋の神隠し』(右写真)ではアメリカのアカデミー賞で長編アニメ部門賞を受賞し世界にその名を轟かせた。

『もののけ姫』の頃からアニメを上映する映画に大人が平気で並ぶようになってきたことは注目に値する。それまではなかった現象である。アニメはすでに子供だけのものではなく大人社会に文化として認められ市民権を得たのだ。

宮崎アニメ以降、監督名がブランド化してきたことも特筆すべきことだろう。それは宮崎アニメ、押井アニメ、大友アニメと呼ばれるものであり、マッドハウスによる『千年女優』(左写真)、『東京ゴッドファーザーズ』、『パプリカ』の監督をした今敏もブランド入りしたと言っていいだろう

平成十六(二〇〇四)年、ガイナックスの制作で日本初の全編フル3DCGアニメ『アップルシード』(右写真)が公開された。アメリカでは当時すでにアニメと言えばフル3DCG、しかもファミリー向けという流れができており、いよいよ日本のアニメ界もフル3DCGの流れに入るのかとも思われたが、その流れに加速はかからなかった。日本のアニメファンはまだまだ二次元好きのようだ。現在に至るも2Dが全盛であり、3DCGは動く背景やメカなどに活用していくような作り方が定着しているかに見える。

新しい流れができるかどうかはその作品が高い利益をあげられるかどうかにかかっている。その意味では『アップルシード』は分岐点にはならなかった。しかし、その原因がフル3DCGにあったとは思えない。3DCGへのシフトチェンジはすでに必然としての流れだからだ。単に作品としての完成度の低さという見方もできるし、宣伝の失敗という観点もある。歴史の流れとはまさに1/fの揺らぎに左右されるものなのかもしれない。

ところで『もののけ姫』(左写真)はセル画で制作されたジブリ最後の作品である。一九九七年に仕上げツールとしてセルシスの「レタスプロ」が業界に導入されてからは仕上げと撮影のデジタル化が急速に進んでいった。

ディズニーでは一九九一年公開の『美女と野獣』で仕上げの完全デジタル化を果たしている。日本においても東映動画が独自の開発を行っていたが、セルシスという企業が日本のアニメ制作システムを徹底的に研究して開発した「レタスプロ」が圧倒的なシェアを獲得していった。仕上げと撮影のデジタル化はセルアニメの歴史の中で最大の出来事だと言ってよい。時代の流れについていけず、多くの仕上げ職人がアニメ界を去り、当時はまだまだ高価だったパソコンやソフトの導入ができなかった仕上げ会社は撤退を余儀なくされていった。

デジタル化によって、アニメーターの作業にも作法上の変更が求められている。特に動画マンの作業において顕著である。描線に少しでもとぎれがあるとデジタルペイントの際に色がそこから漏れてしまうので描線のつなぎが徹底されるようになった。それまでは色鉛筆で動画用紙のオモテ面に塗られていたカゲがスキャニングで拾われてしまうため、ウラ面に塗られるようになった。同じくオモテ面に書かれていた様々な指示やフレームもウラ面に書かれるようになった。色トレス線はオモテのままで良かったがコンピュータが認識できる色に限られるようになった。他にも様々な変更があったが業界全体で申し合わせがされる場がなかったため、それぞれの制作会社ごとに独自のルールが生まれ、未だに混乱している実態がある。日本のアニメ業界における横のつながりの弱さが痛感される一例である。下請けスタジオのスタッフは制作会社の違う作品ごとにルールを変えて作業するという面倒くさい実態がある。それなりにやれているからいいのだろうが、アニメの教育機関としては業界標準が欲しいところである。

二〇〇二年にはセルシスの「スタイロス」(右写真)が導入され、アニメーターの原動画作業から絵コンテの作成までが液晶タブレットでできるようになった。これは単にペーパーレス化というだけでなく、アニメ制作工程のフルデジタルライン化という画期的な出来事と言える。東映アニメーションは海外の下請けスタジオにこのシステムを徹底するなどして力強く推進しているが、従来のやり方に慣れ親しんだ現場の抵抗も強く、なかなか一般化しそうもないのが現状である。しかし、デジタル化は抑えようもない時流であり、早晩、一般化することは間違いないだろう。

なおかつ、大容量のデジタルデータが容易に送受信できるブロードバンド化によって海外とのデータのやり取りに物理的な運搬手段、つまり飛行機での運搬や航空便が必要なくなりつつある。今は日本の下請けに甘んじている東南アジア諸国のアニメ会社だが、いずれ日本の技術やシステムを身に付けて独自のアニメを作るようになるだろう。それらが日本の脅威になることで玉石混交の日本アニメから石が排除されればそれもまたよしとしよう。

昨今の新しい潮流としてネットアニメ、もしくはWEBアニメと呼ばれる作品群に注目が集まってきている。パソコンのハイスペック化、フラッシュなど、ソフトの開発によって個人がアニメを作り易くなってきたところから展開してきたマーケットと言える。ここでブレークした作品がメジャーデビューを果たし、マルチメディア展開をしていくという例が出始めており今後の展開に目が離せない。かく言う私もまた、参入を目論んでいる一人である。

現在、日本のアニメは『ドラゴンボール』や『ポケットモンスター』を筆頭に世界中の子供たちの人気を得ている。劇場アニメもしかりである。-アニメは間違いなく日本が世界に誇れる文化にまで成長したと言ってよい。しかし文化と言うからにはそれ相応の責任がある。日本という国が世界にアニメを発信する使命を持った国ならばアニメに乗せて何を発信すべきなのだろうか。日本は西洋と東洋を結ぶ和の国である。そして唯一の被爆国である。答えのひとつはそこにあると私は思うのだ。

 

まとめ

日本のアニメ史をこの紙幅で語り尽くすことには無理があり、多くの重要事項が漏れていることは承知している。しかし、日本のアニメがまるで川の流れの如く、次第に幅を広げていき、その本流から何本もの支流が生まれていった様子はご理解いただけたと思う。より詳しく研究したいという諸兄はぜひ専門書を紐解いてほしい。

私は、ふと思うことがある。もし、手塚治虫がいなかったら、日本のテレビアニメはどうなっていただろう。もし、宮崎駿がいなかったら日本の劇場アニメはどうなっていたのだろう。アニメ史を紐解くとき、常にその要所要所には確かなメッセージを持ったキーパーソンがいるのである。それはまるで必然かのように思える。

時代は今、次なるキーパーソンを待っている。なぜなら、アニメの未来が見えてこないからである。年後のアニメを想像することは難しい。もしかしたらそれは無理なのかも知れない。なぜなら、時代は次なるキーパーソンによってこそ方向性が決まるからだ。それは、あなたかも知れない。

以上