Y校のような二年制の学校であれば、一年生から二年生に進級する際には様々なドラマが生まれる。と言っても、八割方の学生はそのまますんなりとアニメーター科の二年生になるのだが、二割ほどの学生がイレギュラーな進路を選んでいくのである。

 例えば、コミック科やノベルズ科へ転科していく学生がいる。アニメーター科で一年間、勉強してきたけれど「自分がやりたい事はこれではなかったぁ‥‥」と思ってしまった場合の選択肢の一つがこの転科なのだ。「自分の絵で勝負したい」とか「自分の世界を描いていきたい」という前向きな理由であれば喜んで送り出すのだが、授業に真剣に取り組みもせず、「アニメは難しくて上手く出来ないから」とか、「あっちの方が面白そうだから」と言われたりすると、大丈夫かなあと心配になってしまうのだ。

そのような結論を出させる前に、できるだけ本人が希望している転科先の先生に面談をお願いしたり、そちらの体験入学に参加させたりして、同じ過ちを二度と繰り返さないよう指導していくのだが、それでも結局、その転科先でもドロップアウトしてしまうケースは後を断たない。

また、再履修と言って、もう一度アニメーター科の一年をやり直す学生もいる。これは欠席が多かったり、技術的に厳しかったりして、授業に付いてこられなかった学生が選ぶ選択肢の一つである。再履修することで見事に復活する学生もいるが、一方では、結局また欠席がちになり、挙げ句にドロップアウトをしたり、その翌年に再々履修する学生も少なからずいる。これらは本人の適性以前に「精神的な持久力、忍耐力」の問題だと思わざるをえない。

「石の上にも三年」と言うが、やはり地道にコツコツとやり切った先にある「成長の喜び」を掴んで欲しいし、それが次のステップに繋がると思うのだ。

 統計を取ったわけではないので勘で言うのだが、中学や高校時代の部活動や何かの習い事で厳しい訓練を受けてきた学生のドロップアウト率は低いと思われる。多分これは間違いないだろう。訓練を受け、耐えてきた者は、苦しくても我慢して頑張れば、その先に次元の高い喜びや自らの成長があることを経験則として知っているからである。

恵まれた時代であるだけに、二十歳前の若者たちに苦しい経験がないのも当然と言えば当然なのかもしれない。それだけに、そのような訓練の場がなかったと言うのであれば、学校での二年間こそ、敢えてそのチャンスにして欲しいと思うのだ。結果的に別の道に進んだとしても、二年間ひとつのことに専念してコツコツと努力した経験は、必ずや精神の核として今後の人生をしっかりと支えてくれることになるだろう。

 時として、「環境さえ変えれば良いことがあるかも……」と人は思いがちだが、核のない人間はどこに行っても同じである。大変な事、辛い事を避ける、逃げる、という行為を繰り返していくと、それがその人の生き方のパターンになってしまうのだ。ずるずると負けのパターンを引きずりながら家庭を持ってしまえば、自分だけでなく配偶者や子供に悲劇をもたらすことになる。もし、そのような傾向を持っている自分を自覚するのならば、どうか今、若いうちにその悪しきパターンを断ち切って欲しい。

 そのためには毎日毎日、自分に何かを課して地道に努力することだ。いい友人やライバルを持って切磋琢磨することだ。大きな目標を持って、それを成し遂げた自分の姿をいつも強くイメージしていってほしい。「今日も勝った」と言える日々を積み重ねて欲しいと思う。毎日、勝てとは言わない。一週間は七日だから、せめて四日は勝って、勝ち越せばいいのだ。嫌な事があっても、人や環境のせいにせず、自分が変われば周囲も変わるのだと信じてほしい。難しいかもしれないが、このような勝ちパターンの人生を歩める人は、輝く存在として周囲の人をも幸せにできるのだ。どっちがいいか考えてみよう。

 さて、そんな進級時だが、泣く泣く退学せざるをえない学生も例年出てくる。父親がリストラにあい経済的に厳しくなったとか、家族が病気になり介護しなければならなくなったとか、様々なプライベートな事情で退学を告げられることは、講師にとって辛い一瞬である。具体的に何もしてあげられないからだ。「負けるなよ」と激励するしかないのである。

 この場を使って、もう一言、激励の言葉を送りたいと思う。

「試練を乗り越えた分だけ、その人の人間性は高まり、人生観は深まっていくんだから、めげずに、くさらずに、勇気を持って今の問題にぶつかっていってほしい」

更にもう一言。

「どのようなことからも逃げずに前向きに歩いていけば、必ずその人にとっての最善の道に辿り着くことになっていることを信じて頑張ってほしい。これは気休めでも慰めでもない。宇宙の法則であり、力学なんだから」 と。

 

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アニメなメッセージ
進級の節目で起こること