アニメな半生記 → 講師奮闘編

6・就職戦線、かく戦えり

 アニメ業界を目指す人たちの就職シーズン、それは秋。英語で言えばフォール‥‥‥。縁起でもないから、英語の秋はオータムの方にしておこう。

 求人時期として、一部には青田刈り的に夏休み前から動く会社もあるが、メインとなる時期はあくまでも十月から年末にかけてとなる。一般企業と比べて遅いのには理由があって、春の新番組を睨んで求人数を決めるところが多いから、と言うのが定説となっている。

 一般的に専門学校の講師の勤めは「学生達に専門の技術や知識を身に付けさせること」だが、実際はそれだけではすまない。しっかりとした就職システムの下、斡旋指導を懇切丁寧に行い、アニメ制作の現場に学生を送り届けていくまでが務めなのである

 ほとんどの学生はアニメーターになりたくてアニメーター科に入学してくるのだから、一人でも多くの学生を各人が望む職場に就職させてあげたいと、講師として、そして個人としてそう純粋に思うことだ。

 そのためのシステムを組み、少しでも就職率をアップさせる努力をすることは学校たるものの存在意義でもあり、第一のポリシーとすべき事であるのは言うまでもないことだろう。

 私が就職責任者としてY校で作り上げてきた就職システムを紹介しよう。

アニメーター科を含むアニメ学部では毎年六月になるとアニメ関連の会社、約三百社に求人票を発送する。それに関わる封入作業や糊付けも全部、講師による手作業だ。

 求人票は求人を希望する会社によって書き込まれて順次戻ってくるので、学校側はそれを各学科の書式に合わせてして教室やロビーに貼り出していく。参考のため、事前に昨年度のものを貼り出しておくと言う細かい配慮も忘れない。新しいものはその上に重ねて貼っていくので去年も求人を出した会社なのか、そうでないかもすぐに分かるようになっている。

 七月に入ると就職の個人面談を始める。事前に書かせたアンケートを踏まえて講師は学生一人一人の希望や悩み、そして疑問を聞きながら面談をしていく。具体的な会社名を出してくる学生には学校が持っている会社の情報や過去の就職実績などのデータを基に、本人の実力(これが大事)を踏まえて適切な指導をしていく。

 会社によってはかなり高い技術を持った者しか採用しない会社もあれば、やる気重視で大量に採用し一年のうちに淘汰されて少数でも残ればよい、ということを社是としている会社もある。

 講師は過去のデータを基に、本人の希望と学校の持つデータを摺り合わせて、本人が納得する形で受験会社を決めていく。

 さて、二年生に対しては夏休みに入る直前に「就職ガイダンス」の授業を持つ。Y校が独自で毎年、改訂発行している小冊子「就職ブック」をもとに、Y校の就職システムの紹介、就職に対する心構え、履歴書の書き方、就職試験に臨むに当たっての学科毎の対策などを学んでいく。

 九月の頭には「面接シミュレーション」の授業を持ち、映像資料を見たあと講師が面接官となって模擬面接を行う。会社によっては面接をかなり重要視する所もあるからだ。多少、絵がへたくそでも、やる気がある明るい新人を採用したいと思う会社は多いようだ。

 おそらくそれぞれの会社の社長の気持としては「アニメ業界特有の淀んだ空気を一掃してくれる爽やかな風を新人に送り込んでもらいたい」と言ったところなのだろう。気持はよく分かります。私が所属していたスタジオカーペンターの例を挙げれば、新人採用に際しては、どんなに絵が上手くても暗いやつは採らないという方針があった。暗い人間は周りにも闇を振りまき、社内のアトモスフィア(雰囲気)を壊してしまうからだ。

 実際問題としてアニメーターを目指す者の中には暗いタイプが少なからずいる。性格面だけは、一朝一夕にはどうしようもないだけに講師としても悩むところである。暗い学生はクラスでも友人ができず孤立してしまう。グループ制作や学園祭の準備を通して話し相手ができる場合もあるが、そういったチャンスも逸して寂しく卒業していく学生を見送るのは講師としては忍びないものがある。そのような学生に対しては「自分を開放し、外に向かって開いていく勇気を持ってほしい」と願うのみですが、これについては別枠でじっくりと語りたいと思う。

 さて、就職試験(実技、面接)の合否判定の大きな決め手となるものの一つに「就職ファイル」がある。ゲーム関連の学科では「ポートフォリオ」などと小洒落たネーミングをつけているようだが、要するに本人の実力をアピールするための作品集だ。四十ページだてのB4クリアファイルの中に「デッサン」「クロッキー」「模写」「クリンナップ」「ポーズ創作」「オリジナルキャラクター」「カラーイラスト」「動画」などを入れて、少なくとも一冊は埋めていこうと指導する。

 これらのファイルは常に教室の棚に置いておかせ、講師が随時、チェックする。ペースの遅い学生に対しては「こんなことでは試験を受けられないぞ」と尻を叩き、偏った作品、例えば美少女の絵ばかり入れている学生に対しては「もっと幅広いジャンルの絵で構成しないと、危ない奴って思われちゃうぞ」と軌道修正を促す。個性を尊重しながらも、その時点での本人の実力を最大限にアピールできるようアドバイスしていく。具体的な受験会社が決まってくれば、その会社が何に重点を置いてチェックをするのかを過去のデータから割り出し、内容の構成を組み換えていくなど細やかな指導をしていく。Y校には過去の優秀な学生が好意で置いていってくれた就職ファイルが山ほどあり、自由に閲覧できるようにしてある。学生たちはそれらを参考にしながら、より良いものを作ろうと努力しているので内容的に毎年、少しずつ進化しているように感じる。このファイルはサイズ、背表紙ともにY校が全校的に統一しているので「とても見やすいですね」と、現場からお誉めの言葉を何度も頂いている。

 二年生では二週間に一度の割合で「就職模試」を行う。これらは過去に就職試験に出た問題をアレンジして作っていく。秋口の本番の試験に臨むまでには数回以上の模試を受けることになり、限られた時間の中で色々なタイプの問題を確実に仕上げていく訓練を積むことになる。

模試の内容は「クリンナップ」「模写」「振り向き」「走り」「ポーズ創作」「レイアウト」等、様々だ。

 さて、もうひとつ。これはあまり大きな声では言えないのだが「就職レポート」と言うものがある。就職試験を受けたほとんどの学生に書いてもらっているのだが、内容としては「社名」「どこの駅から何分か」「会社及びその周辺の雰囲気」「面接で聞かれた内容及び面接の形態」「実技試験の内容と制限時間」「本人の反省点」等である。このレポートが数年分に渡ってファイリングされ、自由に閲覧できるようにしてある。例えばBと言う会社を受けたいと思ったらB社を受けた先輩たちの就職レポートを何年分にもさかのぼってみることで、B社の傾向を知ることができ、しっかりとした対策を立てて試験に臨むことができる訳だ。

 アニメーター科の就職活動は三日間に渡る集中的な試験期間を年内に四回、年明けに一回、合計で五回行うことを中心に進めていく。Y校ではこれを「東京就職ツアー」と呼んでいる。アニメ会社のほとんどは東京に集中している訳だが、全国各地に設置されているY校各校の学生にとって、東京に試験を受けに行くことは金銭的にかなりの負担になる。特に札幌や福岡の学生ともなれば一社受ける度に数万円の負担を余儀なくされる。そこでY校が各会社にお願いして、可能な限り連続した三日間の中で試験日を設定してもらい、一回の上京で三社まで受験できる体制を取っているのが東京就職ツアーなのだ。普通であれば試験の日程は会社が決めて当然だが、各会社には学校の事情をご理解いただき、Y校のお願いする日程で試験日を設定してもらっているというわけだ。これもひとえに長年のおつき合いの中で築いてきたY校と現場との太いパイプがあってこそ可能となったシステムなのだ。

 ツアーは二泊三日で、全員が一つのところに集まれるようにY校が三鷹に格安のホテルを手配する。そして全校から集まってくる学生の指導のため、毎晩、東京校や横浜校の講師が二、三名ホテルに赴き、夜の八時から大部屋でミーティングを開く。試験の結果が出た場合はそれを伝え、翌日の受験会社への行き方や出発時刻、メンバーの確認をしていく。同じ会社が二日間、もしくは三日間連続して何人かずつ試験をするケースもあるので、その場合は翌日受験する学生の参考のため、当日受験したメンバーからその日の内容を発表してもらう。

 東京就職ツアーは同じ夢を持つ全校の学生が一堂に会する貴重な場となる。学生たちは各校の事情を話し合ったり、就職ファイルを互いに見せ合ったりしながら交流を深める。修学旅行気分で想い出を刻むことのできる三日間となるが、ここで結ばれた友情が、意外にも就職してからのネットワーク作りに役に立ったりするものなのだ。

 ツアーの結果、約半数の学生が合格を勝ち取る。駄目だった学生は次のツアーに賭けるといった具合で着々と合格者が増えていき、年内の四回のツアーでほとんどの学生が内定をいただくことになる。最初の一社目で合格を勝ち取る学生もいれば十社受けても決まらない学生もいる。早く決まるに越した事はないが、落ちる度に勉強し直して力を付けていくということもあるので、早ければいいとは一概に言えないと思う。就職という戦いを通してボヤーっとしていた学生が現場意識に目覚め、力を付けていく、その「成長ドラマ」は不合格ゆえに得ることのできる貴重な経験になるからだ。

 我々講師は、例えて言うならば巣立ちを見送る親鳥のようなものだ。卵として入学してきた学生たちを温め、雛として孵すまでが一年生。そして餌を与えて巣立ちができるように育てるのが二年生といった所だろうか。

 そんな在学中の学生にとって巣立ちをする事、つまり合格を勝ち取ることが最大の目標になってしまうのはいたしかたないことだろう。しかし、アニメーターになることはあくまでも一つのステップであり、スタート地点に立ったにすぎないのだ。次の目標は原画マンや作画監督だったり、あるいは経済的自立かもしれない。しかしそれらもまた、勝ち得た後にはステップであったことに気付くだろう。マクロな目で見たときには全ては手段でありステップなのである。


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